第39話 魔力浪費

「やあ、ブレイドくん」


 魔法実験室で俺に声を掛けてきたのは、南の森で俺たちを助けてくれた、アーネスト・ザラーさんだ。


「どうも、お邪魔してます」


「はは、良いよ。実験室は学生皆に開かれているからね。でもここに来たって事は、〈魔法・実戦〉に出場するのかい?」


「ええ、まあ」


 好きで出る訳ではないのだが、それは言わない。アーネストさんが俺が出ると聞いて目を輝かせているからだ。


「楽しみにしているよ、君と〈魔法・実戦〉で戦えるのを。森での魔法の威力は目に焼き付いているからね」


 それだけ 言うとアーネストさんは向こうに行ってしまった。


「アーネストさんと知り合いだったのか?」


「まあな」


「あの人は強いぞ」


「知ってる」


 そのやり取りの後、俺は陽も傾いてきたので、魔法実験室を後にして家路に着いたのだった。



「魔力消費量の削減ねえ」


 魔法の事なら母だろう、と夕食時に母に尋ねると首を捻られた。


「なんか変な事聞いた?」


「ブレイドは竜の契約者なんだから、威力を上げる事に専念した方が良いと思うけど?」


「まあ、それでも良いんだけど、俺、研究発表にも出る事になっちゃって」


「研究発表に!?」


 ノエルを除く皆にすげえ驚かれた。ノエルは相変わらずキョトンとしている。


「お前、文官になりたかったのか? あれは完全に将来文官になりたい奴が出るものだぞ?」


 父も珍しく驚いている。ので、俺は事のあらましをその場で説明した。


「ふん、バカなのか?」


 まあ、そうなるよね。


「全ての種目に出場とは、流石ブレイド殿です」


 対してリオナさんは大興奮している。そして私もそうすれば良かった、と後悔し出すリオナさん。いや、辞めといた方が良いと思う。決闘祭は二日に渡って催されるが、絶対当日のスケジュールが滅茶苦茶になるって。


「でも、研究発表に出るのなら、ポーションを出せば良いと思うわよ」


 とアドバイスをくれる母。母のポーションは、こちらに引っ越してきてから研鑽を積み上げ完成したもので、他のポーションより効果が高い。ウーヌム村でも重宝されている。


「確かに良いポーションですよね」


 修行でしょっちゅう怪我をするリオナさんも納得の効き目だ。だが、


「それって母さんの研究成果でしょ?」


 である。俺も手伝っているし、一人で作成できるようになったが、俺の手柄じゃない。


「あら、それじゃないわよ。私が言っているのはあの効果の薄いポーションドリンクの事よ」


 成程、そっちか。ポーションドリンクとは、幼い頃に苦いポーションを飲むのが苦手だった俺が、どうにか飲みやすくならないだろうか? と試行錯誤して完成した飲み物である。


 母が作ったポーションに苦さを軽減する為に蜂蜜と水、臭み消しの為に月桂樹ローリエを加えただけなのだが、案外すっきりまろやかで子供でも飲みやすい代物になった。まあ、その分ポーションとしての効果は半減してしまったが。


「あれかあ、確かにあれは俺の成果物だと言えるけど、わざわざ効果を薄くしたものを発表するのって、どうなの?」


「あら、でもあれ、ノエルや村の子供たちからも飲みやすいって大人気じゃない」


 確かにその通りだ。効果が薄いので大怪我には向かないが、ちょっとした擦り傷切り傷打ち身捻挫くらいなら直ぐに直せる効果がある。発表するのも恥ずかしくないか。


「それはそれとして、魔力消費量の削減はやっておきたいんだよねえ」


「何故?」


「俺も実戦一つだったらそれ程考えなかっただろうけど、三つ実戦と連戦続きでしょ? 流石に魔力量を絞らないと、俺とアルジェントのコンビと言えど、疲弊するのは免れないと思うんだよ」


 俺の意見に父と母は視線を交わしやり取りする。


「分かったわ。じゃあこの夕食後からブレイドは魔力消費量削減の修行に切り替えましょう。リオナさんはどうします?」


 とリオナさんに振る母。


「う~ん、私は遠慮しておきます。魔力消費量削減は魅力的ですが、未熟な私はそれよりも地力の底上げの方が優先事項だと思うので。今まで通りの修行でお願いします」


 リオナさんの意見に母も父もにっこりしているので、恐らく両親はリオナさんよりの考えなのだろうな。



「では、宜しくお願いします」


 夕食後、父とリオナさんは冬入りを感じさせる寒風の吹く外で剣の修行を、俺は母と屋内で魔力消費量削減の修行を開始した。


「魔力消費量を削減させる為には何をすれば良いのか、分かる?」


 と母は俺の目を見詰めて尋ねてくるが、分からないから母を頼っているのだ。俺は首を左右に振る。ため息を吐かれてしまった。


「魔力消費量削減は、古来より人間の課題だったわ。何故なら人間は単体で魔法が使えず、魔核を使ってやっと魔法が扱える貧弱な種族だから」


 俺は首肯する。ここら辺は学院の授業にも出てきた。


「強い魔法を使うには、より大きな魔核が必要で、それは持ち運びにとても不便だったの。昔の魔法は今の魔法より魔力変換率が低くてね、より大きな魔核、より大量の魔核を必要としていたのよ」


 へえ、それは知らなかったな。


「で、どうやって魔力消費量を削減していったのか。それはこれよ」


 母が取り出したのは、クズ魔核を十数個とそれより一回り大きい魔核一個だ。だが、大きい方には魔力を感じない。


「クズ魔核に内包された魔力を、一回り大きな魔核に移し替えて貰うわ」


 また地味な修行だな。でも理屈は理解出来た。少ない数のクズ魔核で、一回り大きな魔核を満タンに出来る程、魔力使用のロスが少なく、魔力消費量が少ないと言えるのだろう。俺はそう思いながら母の指示通り、魔核の魔力を移し替える。八個のクズ魔核を空にして、一回り大きな魔核は満タンになった。


「出来たけど?」


「八個か、これは確かに魔力消費量削減は急務かも知れないわね」


 腕組みして渋い顔になる母。


「そんなに悪いの?」


「ノエルが五個だと言ったら分かる?」


 妹より魔力消費量が悪いのか。それはつまり効率的に魔法が使えていない証拠。俺はその事実がかなりショックで、眩暈めまいがした程だ。


「まあ、この修行を続けていけば、決闘祭までに六個くらいにはなってる、かもね?」


 疑問系で終わらないで欲しかった。その後、再使用するために一回り大きな魔核からクズ魔核に魔力を戻したら、七個しか満タンにならなかった。ロスした一個分どこにいったんだよ! 更に落ち込んだ。

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