第58話 JKアイドルさんは暇人を想う。01


 桜咲が休むようになって3日が経った。

 次のライブや、他の仕事のことも考えて、たとえ捻挫でも良くなるまでは絶対安静にしなければならないらしく、ずっと休んでいた。

 毎晩電話では元気な声が聞けるが、やはり会えないと、心配になる。


 桜咲……本当に元気ならいいが。


「あーれれー? 航くん元気ないですね」


 珍しく静閑とした屋上の隅で、一人パンを齧っている俺に、恋川が声をかけてきた。

 ナチュラルに隣に座ろうとするので俺は避けるように横に座り直す。


「もう、そういうことすると、マイナスイメージ与えますよー」

「何も言わずに座ってくるお前の方が、俺にとってマイナスイメージだ」

「どうしたらプラスに変わりますかね?」

「……俺のことを放っておいてくれたら変わるかもな」

「じゃあ、あと2年は航くんに話しかけないので、卒業式の日にわたしと付き合ってください」


 ったく、何言ってんだこいつ。


「そうやって揶揄うのやめろ。絶対にそれは無い」

「あー、菜子ちゃんがいないからストレス溜まってますか?」

「溜まってねぇよ」

「はい、嘘つき」

「嘘じゃない。俺は別に、桜咲がいなくたって……」

「あー、もうその嘘は飽きました。好きなら好きって早く言えばいいのに」

「……う、うるせえ」

「いつ、菜子ちゃんに言うつもりなんですか?」


 その質問を耳にして、俺はゆっくりと目蓋を下ろす。


「まさか……何のアクションも無しであの関係を続けるだなんて思って無いですよね?」

「…………お前には、関係ないだろ」


 俺は目蓋を上げ、恋川を見る。

 そして、恋川の表情を見た時、俺は自分の発した言葉に後悔した。

 これじゃ……まるで。


「……そうです、関係ないです。でも……菜子ちゃんの気持ちも考えてあげてください」

「恋川……っ」


 俺は、この前桜咲に言われたことと同じようなことを恋川に向けて言ってしまった。

 恋川は、俺の背中を押そうとしてくれているのに……俺は……!


「……恋川、なんかごめん」

「別に、気にしてないです。わたしはわかってますから……航くんが誰よりも優しいってこと」

「恋川……俺は」

「焦らせたなら、謝ります。でも、はっきりしない男子は嫌われちゃいますよ、航くんっ」


 恋川は俺の鼻を人差し指で突いて立ち上がる。


「航くんに一つ、お願いがあるんですけど」


 恋川はポケットからヘアゴムを二つ取り出して俺に手渡した。


「ツインテに……してもらえますか?」


 ✳︎✳︎


 俺はぎこちない手つきで恋川のサラサラな髪を束ねて、ヘアゴムで結ぶ。


「なんか、不格好です……」

「文句あるかよ? 初めてなんだよ俺も」

「まぁ、航くんらしいですし、これでいいです」


 恋川はその小さな背を向けながら、顔だけをこちらに振り向かせる。


「あーあ……菜子ちゃんより早く航くんに会えてたらなぁー」

「……いつも俺が悩んでる時、お前の言葉に助けられた。お前のおかげで俺は」

「航くん、それ以上はだーめっ。わたし、諦められなくなりますから」


 恋川はそのまま歩いて校内へ戻って行った。


 俺はいつもあいつに背中を押されてばっかりだ。

 いつか、あいつの背中を押せるくらい、俺は強い人間になりたい。

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