第20話 JKアイドルさんは動物園に興味があるらしい。06

 

 動物園を出て、桜咲と繋いでいた手をゆっくりと離した。


「ふぅ、今日一日なんとかバレなかったな」

「わたしの変装のおかげだよねー」

「ま、まぁな」


 まぁ、想像以上に子供っぽかったから誰もこいつがあの桜咲菜子だとは分からんだろうな。

 よし、とにかく今日はこのくらいでお開きだな。


「桜咲、早いけど今日はここまでだな」

「え?」


 明らかに残念そうな桜咲。

 まぁ、楽しい時間ほどすぐに過ぎてしまうものだから仕方がない。


「……ま、まだ時間あるしどっか」

「だめだ。日曜のこの時間帯じゃどこも混んでるしリスクが高い」

「で、でも!」

「ダメったらだめだ」

「閑原くんは! ……わたしと、いたくないの?」

「……それは」

「わたしは……まだ、閑原くんといたいよっ」


 桜咲は苦しそうな声で言った。

 桜咲には知っておいてもらうしかないか。

 俺は、桜咲の肩に手を置いて話し始める。


「桜咲、聞いてくれ」


 ……俺の今の気持ちを。


「俺がどうしてこんなに慎重になるか分かるか?」

「……」

「お前と、もっといたいからだ」

「え?」

「変な噂が立てば、それが俺とお前の最後だ。それくらいわかるだろ? もう一緒に遊ぶことも出来なくなる」

「……うん」

「なら、俺が言いたいこと、分かるよな?」


 桜咲は俯きながら、小さく頷いた。


「分かってくれてありがとう。桜咲は偉いな」

「……閑原くん。わがまま言ってごめん」


 泣きそうになりながら桜咲は俺の袖を掴んだ。


「ほら、駅まで送るから」

「うん」


 楽しい時間はすぐ終わってしまう。

 それを感じたのは俺も同じだ。

 今日一日、桜咲と一緒に動物園を見て回って本当に心から楽しかった。


「閑原くん……」

「桜咲、またな」

「……うん、また」


 最後は笑顔で別れたものの、桜咲の笑顔は本当の笑顔とは程遠いものだった。


「桜咲っ」


 不意に、呼び止めてしまった。

 別に何か言うことがあったわけでもないのに。


「……今夜、電話してもいいか?」

「へ?」

「あ、やっぱ忙しいか?」


「ううん! したい! 帰ったらすぐ電話する!」


 いつもの、笑顔だ。


 桜咲がいつも電話したいって言う意味がわかったような気がする。

 中身がなくても話したくなる、そんな気持ちが。


 ✳︎✳︎

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