第19話 JKアイドルさんは動物園に興味があるらしい。05

 

「フクロウ、直に見るの初めてかも」

「俺もだ」


 枝木に大人しく留まるフクロウ。


「でも、なかなかこっち向いてくれないな……」


 フクロウはそっぽを向いたままでなかなか、こっちを向いてくれない。

 まぁ、そんなもんだよな。

 諦めて俺は次へ向かおうとするが、


「あ、こっち向いた!」


 俺がたまたまよそ見していると、フクロウはこっちを見たようで俺もそれを見ようとしたのだが。


「あれれ、また別の方を向いちゃった」

「……なんだ。まぁいいか」


 俺が目を外した瞬間だった。


「あ、またこっち向いた」


 俺は咄嗟に振り向くが、フクロウはまた他所を見ている。


「……なんかこいつ、俺とは視線合わせないようにしてないか」

「流石にそんなことないでしょ。あ、じゃあ閑原くんあっち向いてて」


 桜咲に言われて俺はそっぽを向く。


「向いたよ!」

「っ!」


 またしてもフクロウは別の方を向いていた。


「あははっ! 閑原くんやっぱ嫌われてるじゃん!」

「くぅ……もう次行こう桜咲」

「あはっ! あははっ」

「いつまで笑ってんだ! ったく、どいつもこいつも」


 次はトラの柵に来た。

 トラは静かに草木に身を潜めながら佇み、こちらを凝視していた。


「こっち、見てるな」

「うん。凄い見てる」


 ん? ….…こいつもしかして。


「……わっ!」

「ひゃっ! ちょ、なんで脅かすの!」

「いや、なんとなくビビってんのかなって」

「び、ビビってないし!」

「お、こっちに歩み寄ってきたぞ……って、桜咲?」


 隣にいたはずの桜咲の姿が見えない。

 どこに行ったのかと思い背後を振り返ると、そこには俺の背中を掴んで隠れる桜咲がいた。


「いやいや。ビビりすぎだろ」

「だ、だって」

「お前も可愛いところあるんだな」

「か、かわ。……こ、怖いから手繋いで」

「手? 別にいいけど」


 桜咲は俺の右手を取って自分の左手を重ねた。

 怖いとか言ってる割にはなんで笑ってんだこいつ。


「うへへ。閑原くんっ、次はどこに行くー?」

「次? じゃあアザラシとホッキョクグマのいる方に行くか?」

「うん!」


 ✳︎✳︎


「うわぁ、人いっぱい」


 人が段々と増えてきたからか、ホッキョクグマとアザラシのエリアは人集りができていた。

 俺はなんとか見えるが、桜咲の身長だと見えないかもしれないな。


「桜咲、見えるか?」

「んっ、み、見えないかも」

「だ、だよな」


 どうしたものか……。


「ひ、閑原くん。一つお願いがあるんだけど」

「ん、なんだ?」

「その……わたしを持ち上げてもらえるかな?」


 桜咲は両手を伸ばして待ち構えていた。

 も、持ち上げるって。


「えっと、じゃあいいか? 行くぞっ」


 想像以上に軽い桜咲を、両手で慎重に持ち上げた。


「見えるか? 桜咲」

「うん! 見えるよ閑原くんっ」


 いつもは俺より下の高さから見せるその笑顔が、今だけは陽光と重なって、上から見えたのだった。


「よいしょっと、満足したか?」

「うん! アザラシ目がくりくりしてて可愛かった」

「そっか」


 しっかり見えたなら良かった。

 すると、桜咲に手を引かれる。


「なぁ桜咲。もう怖くないから手繋が無くてもいいんじゃないか?」

「へ? ……つ、繋ぐの! 閑原くんが迷子になったら困るし!」


 いや、それはこっちのセリフなんだが。

 まぁ、確かに桜咲が迷子になったら困るしこのままでもいいか。


 その後も様々な動物たちを見て回った。


「ねぇ、そろそろお昼にしない?」

「あぁ、確かにもうそんな時間か」

「あのね、閑原くん。じゃーん、わたしお弁当作ってきたんだよっ」

「おお。お前って料理できたんだな」

「ねぇ、あそこの休憩所の机で食べよっ?」


 桜咲の手作り弁当か。

 なんとなく楽しみだな。

 休憩所に入って空テーブルで昼食を取る。


「はい。これっ」


 桜咲の弁当は彩りも栄養のバランスもとても考えられていた。

 へぇ、凄いじゃないか。


「閑原くんほどじゃないけど。良ければ食べてみて……?」

「いやいや、俺より上手に出来てるよ。じゃあ、いただきま」


 食べた。筈だった。


「……っ!」


 あ……ありのまま 今起こった事を話す。

『俺は桜咲の前で弁当を食っていた、と思ったらいつのまにか弁当じゃ無くなっていた』

 な……何を言っているのか分からないと思うが 、俺も何をされたのかわからなかった……。

 頭がどうにかなりそうだった……。

 料理下手キャラとかメシマズキャラだとか

 そんなチャチなもんじゃあ断じてない。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わった……。


「閑原くん、どうしたの? 美味しかった?」


 なんでだ、色合いも形も完璧なのに味が……。


「ん?」

「あぁ。お、美味しかった」


 こりゃ、桜咲の将来の旦那さんは苦労しそうだな。(フラグ)


「良かった。閑原くんのために、早起きして作ったから……」

「桜咲……」


 ……よし、覚悟はできた。

 俺は意識が飛びそうになるのを抑えながら、完食した。


 ✳︎✳︎


 衝撃の昼食が終わり、俺はげっそりしながらも桜咲の上がり続けるテンションについていった。


「ねぇ! ペンギンさんだよっ!」

「そ、そうだな」


 にしても、段々人が増えてきたな。


「なぁ、桜咲。そろそろ人が増えてきたしヤバイかもしれない」

「あ、それもそうだね。……もう最後かぁ」

「こればっかりは仕方ない。な、最後はどこ行きたい?」


 昼過ぎで人が増えてきたら、早々に帰ることは事前に決めていたが、早くも想像以上の人数になっていた。


「じゃあ、お土産屋さんっ」


 俺と桜咲は土産物が置いてある店の中に入った。

 店内はまだそこまで人はいなかったのである意味良かったと言える。


「ねぇ、閑原くん……その」

「どうした?」

「これ、お揃いで買いたいなって」


 桜咲はパンダのキーホルダーを手に取って見せる。

 二つのキーホルダーを重ねると、2頭のパンダが寄り添いあっている絵になるキーホルダーだった。


「……あぁ、いいよ」


 俺はすぐにその二つのキーホルダーをレジに通して、桜咲のもとに戻った。


「えーっと、これってどっちがメスなんだ?」

「あ、こっちだと思う」

「じゃあ、桜咲にはこっちを」


 そのキーホルダーを桜咲に手渡す。


「……ありがと。閑原くん」

「いいって。それより早く出た方がいい」

「う、うん」


 店を出て、俺と桜咲はそのまま道沿いを歩き、動物園を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る