第16話 JKアイドルさんは動物園に興味があるらしい。02

 

「雨、結構降ってきちゃったね」

「そうだな」


 2人でベンチに座りながら、激しい雨脚を眺めていた。

 この調子だと当分止みそうにない。

 わたしは、少し濡れた髪をハンカチで拭う。


「折りたたみ持ってくるんだったな」


 閑原くんは悔しそうに鞄の中を見ていた。

 屋根から雨を弾く音が響いている。

 雨に囲まれたベンチ。

 わたしたち以外誰もいない……この時だけは、ここが2人だけの世界のように思えた。


 このまま雨が、止まなければいいのに。


「桜咲? 大丈夫か?」

「へ?」

「寒いなら、ジャージ貸すか? 風邪ひいたら困るだろうし」

「ジャージ?」

「あぁ、最近寒い日もあるから持ってきたんだよ」


 閑原くんの、ジャージ。

 差し出された紺色のジャージは綺麗に畳まれていた。


「一応洗い立てなんだが……まぁ、男のジャージなんて嫌だよな。じゃあ代わりと言ったらあれだがタオルあるからこれで水気を」

「ありがと、閑原くん。ジャージ羽織らせてもらってもいいかな?」

「え? ……あ、あぁ」


 閑原くんからジャージを受け取って制服の上に羽織る。

 あぁ、閑原くんの匂い……。


 なんていうか、閑原くんに包まれている、みたいな。

 どうしよう、なんか……変な気持ちになってきちゃった。


 ✳︎✳︎


 桜咲の様子がおかしい。

 ジャージ羽織ってても、顔が赤いし、もしかして熱とかあるんじゃ。


 もし桜咲に風邪を引かせたら……。


「さ、桜咲。本当に大丈夫か? 顔赤いし」

「だ、大丈夫大丈夫! あ、このジャージ洗って返すね」

「お、おう」


 大丈夫なら、いいんだが。

 その後は沈黙が流れる。

 雨はまだ止みそうになかった。


 早く止まないかな、雨。


「ねぇ閑原くんって、七海沢さんとどういう関係なの?」

「関係? いや、ただの幼馴染みだが」

「幼馴染み……いつから?」

「小学生の頃からだな」

「へぇ……」


 なんでそんなこと聞くんだ?

 桜咲にとってはそんなのどうでもいいことだと思うのだが。

 話すことが無さすぎたから聞いてきたのか?


「2人は仲良いから……その、付き合ってるのかと思って」

「……ははっ、さすがにそれはないだろ」

「で、でも! いつも話してるし!」

「それなら桜咲だってそうだろ?」

「へ? ……ま、まぁそうだけどさー」


 桜咲は目を泳がせながら話を続ける。


「じゃあ閑原くんは、好きな人とかいないの?」

「好きな人? 別にいないが」

「ほんと?」

「あぁ」

「ほんとにほんと?」

「しつこいな、どうしたんだよ今日は」

「……な、なんでもないっ!」


 一体今日の桜咲はどうしたのか。

 いつもの明るさをあまり感じられない。

 女子なんだから色々と不安定な時期なのかもしれない。


「桜咲、俺に出来ることがあるなら言ってくれ」

「……へ?」

「あ、そうだ。あそこの自販機で何かあったかいものでも買ってくるか?」

「えっとじゃあ……手、貸して」

「手? 飲み物はいいのか?」

「うん」


 桜咲は俺の左手に自分の右手を重ねた。

 桜咲の小さくて、綺麗な手をそっと包む。

 手が寒いのか?


「ずっと、こうしてて……」

「……分かった」


 いつもはよく喋る桜咲が、この時だけは珍しく大人しかった。


 ✳︎✳︎


 あぁぁぁあああ! 何言ってんのわたしぃ!

 閑原くんの好意に甘えて、手握って!


 お、男の子の手ってこんなにゴツゴツしてるんだ。

 大きくて、温かくて……。


 閑原くんが心配してくれてるのに、なんでわたし……自分の欲求を。


「あ、そういえば今週末行く動物園だが、桜咲は変装するのか?」

「え? ……どうしよっかなぁ。まぁ? 閑原くんがわたしの私服を見たいなら私服にするけど?」

「いや、変装しないとヤバイだろ」


 動揺も全くないただのマジレス。


「で、でも、わたし可愛い服着たいもん」

「しかしだな、休日であんなに人が多い場所に変装無しは無理があるだろ」

「あ、じゃあ髪型変えるから!」

「髪型って……」

「あとは……厚底ブーツにするし!」

「……眼鏡髪型に厚底ブーツか。まぁ、それだけ施せばなんとかなるか?」

「やったー! じゃあ当日楽しみにしててねっ!」


 また『可愛い』って言ってもらえるように頑張らないと。

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