第3話 JKアイドルさんはゲームセンターに興味があるらしい。03


 ゲーセンに向かって2人で歩き出す。


「俺、桜咲さんと一緒にいて、炎上とかしたくないんだけど」

「あ、それなら大丈夫! 『だてめ』があるから」


 伊達眼鏡……それだけで大丈夫なのか?

 桜咲は鞄から伊達眼鏡を取り出してすぐにかける。


「どう?」


 赤縁眼鏡で、パッと見ではバレなさそうだけど、見慣れてくるとなんとなくわかりそうなのは確か。

 この変装でオタクとかもいそうなあのゲーセンに行くのは流石に。


「やっぱその変装じゃ無理だな」

「へ? そ、そーじゃなくて! ……可愛い?」

「…………は?」

「むぅ……君ってわたしのアンチか何か?」

「興味がないだけだが何か?」

「はいはい、そうですかー」


 少し機嫌を損ねたせいか、彼女は俺より前を歩き出す。

 人気アイドル様とクソ陰キャ、普通なら交わることはない俺たちだが、この時だけはそれを気にせずに歩いた。


「そこを、右」

「あれ? そっちって駅への道じゃないよね?」

「あぁその通り。やっぱその眼鏡だけで客が多いあのゲーセンに連れて行けないからな」

「え、じゃあどこに」

「今日はここにする」


 道を右に曲がってすぐのところで俺は突然、足を止めた。

 目の前には、コインランドリーと併設された薄汚いゲーセン。

 古びた看板で書かれたゲームセンターの文字。


「こ、これがゲーセン?」

「あぁ、ここも立派なゲーセンだ」

「汚っ……ねぇ、君って女子とデートしたことないの?」

「幼馴染とバイキングならしょっちゅう行く」

「はぁ……?」

「文句があるなら俺は帰るが?」

「わ、わかったから! もぉ、せっかくのオフなのに……」

「食わず嫌いは良くない。平日ならここは貸し切りだし、のんびり行こう」


 文句を言う桜咲を宥めて、二人でそこに入る。

 カウンターにはゲーセンのご主人が新聞を広げ、ラジオで競馬の中継を流している。


「ここは定番のメダルゲームとUFOキャッチャーしかないゴミみたいなゲーセンだけど勘弁してくれ」

「ご、ゴミって……でもなぁ」


 桜咲は物足りなさそうに口を尖らせ、いじけた顔を見せる。


「だって、あんな駅前の人集りを二人で歩いててスキャンダルにでもなったら困るだろ?」

「別に……わたし」


 桜咲は急に顔を赤くすると、俺の袖を揺らしてこっちを睨んでくる。


「そ、そんなことよりやり方教えて! わたしゲーセン初めてなんだし」

「はいはい……って、初めて? さすがに1度くらいはあるだろ」

「ほんとだよ。幼い頃から、こういう所行っちゃダメって親が厳しかったから」


 ……まぁ、そう言う親はどこにでもいるよな。

 とりあえず、まず最初はメダルゲームをやる事にした。


「まず、ここのメダル販売機で10枚100円のメダルを買う。そんでそこら中にある機体で遊んで、上手いことメダルを増やしていけばいい」


 とりあえず俺は販売機のメダル放出口にコップを置いて、100円を投入する。

 ジャラジャラと音を立てて出てきたメダルを桜咲に渡した。


「はい、これがメダル」

「へぇ、それでこのコインって増やすと何かもらえるの?」

「いや、貰えないけど」

「……え? 何も利益がないのにこのコインを集めるの?」

「そーいうもんなんだよ。人によってはそれを金に見立てて緊張感を持たせる人もいれば、ただ単純にそのメダルに価値を見出す人もいる。まぁ、基本そのメダルはゲーム遊ぶためのチケットに過ぎないし価値とか関係ないと思うけど」


 まぁ、利益云々について厳密に言うと法とかが絡んでくるのかもだけど、詳しくは知らないし黙っておこう。


「よくわかんないけど、とりあえずこれで遊んでみるっ」


 桜咲は10枚手にしたらすぐに中央の巨大なプッシャーゲーム機の椅子に座った。

 今更だけど現役JKアイドルさんをこんな薄汚いゲーセンに連れてきても良かったのだろうか。


「ねぇ、これはどういう仕組みなの?」

「あー、それはメダルを入れることで転がっていったメダルが奥から押し出されて手前にあるメダルが落ちるようになってるんだ」

「へぇ、簡単そうね。閑原くん、見てなさいわたしの勇姿を!」


 勢いはあったが、ものの1分でメダルは無くなったのだった。


 ✳︎✳︎


「うぅー、なによこれー!」


 俺は笑いを堪えきれない。


「ちょ! 笑うな!」

「い、いやだって、あははっ!」

「ぐぬぬぅ! 初心者を馬鹿にして楽しいわけ⁈」

「流石の現役JKアイドルさんもここでは可愛いもんだな」

「そ、そんなに馬鹿にするならあなたはできるの?」

「いやいや、俺がやるならあっちの機械からやるし」


 俺は壁際に置かれていたポーカーのゲームを指す。


「あれは何? あんまり面白そうじゃないけど?」

「あれはポーカーでメダルの賭けをするゲームだ。あと、面白いか面白くないかは自分で見出すんだよ」

「見出す……」


 十数分、ポーカーマシンの前で淡々とかけ引きを繰り返す。

 そして、


「はい、桜咲さん。現在計100枚のコインがここにあるからこれであのプッシャーを遊びな」

「ほわわわ、いいの⁈」

「あぁ、流石に100枚ぶち込めばなんか起きるだろう」

「ありがとっ! 閑原くん!」


 俺はコインのカップを手渡した時、あることを思った。


 きっとこの世の経済の周り方はこの構図、そのものなのだろう。

 俺みたいな平凡な男たちがアイドルの幸せのために地味な作業をこなし貢ぐ、そして美味しいところは持っていかれる……。


「閑原くん? 何か悟ったような顔してるけど大丈夫?」

「……楽しんでおいで」

「あ、うん」


 ✳︎✳︎


 プッシャーマシンはあと1個メダルに混ざって置いてあるボールを落とせばジャックポットチャンスに繋がるところまで来ていたので、俺はそのことを端的に説明し、桜咲は頷いてゲームを始めた。


「ひ、閑原くんも座れば? 立ってると疲れるでしょ?」

「そうだな、あっちから椅子持ってくる」


 桜咲はメダルを投入しながらも逆の手で俺の腕を掴んだ。


「隣空いてるから」


 ギリギリ二人で座れるその椅子に、アイドルさんと座る。

 二人の間に距離は無く、腕と腕が触れ合うくらい真隣で彼女は真剣な顔をしながらメダルを投入していく。


「わたし、幼い頃から子役とかやってて毎日忙しくて、友達と一緒に遊んだことなかったんだ。わたしはお仕事をすることがわたしの生きる意味だと思ってた。でも、ある日思ったの、楽しくないなって。だからアイドルだって、最近はやっててもあんまり楽しくない」

「……そうなのか?」

「うん。わたし、期待されるのが嫌になっちゃったーって言うか。ファンからの期待とか、世間からの期待とか、何より親からの期待とか……」

「……そっか」


 まぁ、あれだけ注目されて期待されてれば、誰でも少しは嫌にもなるか。


「だから、せめて別の何かで楽しいことしたいって思った。さっき君が言ったみたいに楽しいかどうかは自分で見出さないといけないね」


 その時の桜咲の笑顔はいつもの笑顔とは違った。

 造られていない純粋無垢なその笑顔。

 そんなの見ただけではわからない……はずなのに、俺はすぐにそう思った。


「ねぇ、君が良ければなんだけど……」


 彼女は俺の手を取り、両手で握りしめる。


「これからもわたしに楽しいこと、教えて欲しい……」


 その時だった、

 ジャックポットチャンスの音楽と共にルーレットが回り、ルーレットはジャックポットを指し示した。


 その瞬間、ジャックポットからメダルが溢れ出てくる。


「な、なにこれ、凄い! め、メダルが溢れ出てくるよ、閑原くん!」

「すげぇ……」


 カップでは収まらず、小型ケースを持ってきてそれに溢れ出るメダルを入れた。


「な、なんか、凄い優越感というか、別にお金でもなんでもないメダルなのに、なんなのこの感覚!」

「きっとそれがメダルゲームの楽しいところだ」

「あ、でもこれだけのメダル、どうしようか? わたし、そろそろ帰らないと」

「そっか、ならこのメダルは預けておくとしよう」

「そんなことできるの?」

「一応。有効なのは1ヵ月くらいだが」


 俺はカウンターでメダル預け入れの手続きをしたら桜咲の元へと戻る。


「桜咲さんの名前で置いておいたから今度一人で来たらそれで遊ぶといいよ」

「ちょ、閑原くん……」

「ん? なに?」

「次も、一緒がいい」

「一緒って?」

「むぅ……君と一緒がいいの!」

「……いや、メダルはたくさんあるし、俺が地味な作業して元手を集める必要もないんだから一人でも」

「そういう意味じゃ! ……もういいっ!」


 何か知らないが、桜咲の機嫌を損ねたことだけはわかった。

 俺はふと、あるゲームが目に入った。


「あ、桜咲さん。あのゲームの景品で欲しいの何かあるか?」


 そのゲームは紐を切って景品を落とす形の、在庫処分のためによくゲーセンでは置かれているものだった。

 俗に言うサービス台で、慣れていればワンコインで落とせる。


「へ? なんで急に」

「いいからいいから」

「えっとじゃあ……これ」


 桜咲は人気マスコットのぬいぐるみを指差した。

 俺はそれを確認して、すぐに100円を入れてゲームを始める。

 そして、1撃でそれを仕留めた。


「はい、これ」


 ぬいぐるみは桜咲の腕の中にちょうど収まった。


「え、いいの?」

「あぁ、あげるために取ったんだから。大したものじゃないから申し訳ないけど」

「……あ、ありがと。大切にする」


 ぬいぐるみに顔を埋めながら桜咲はそう言った。


 ✳︎✳︎

 時刻はとっくに夕方になっていた。

 桜咲と俺の乗る電車は逆の方面らしく、この駅のホームで別れる事になった。


「きょ、今日は本当にありがと」

「少しでも気晴らしになった?」

「うん。これで明日からも頑張れる」


 桜咲は伊達メガネを外して、俺に背を向けた。


「じゃあ、また明日ね。閑原くん」

「あぁ、また明日」


 桜咲は電車に乗り込み、そのまま帰って行った。

 現役JKアイドルさんは忙しい。

 でも、一つ分かったのは、彼女は確かにアイドルだけど、同い年の普通の女の子だ。


『また明日』……ね。


 もうあんな神経すり減らしながらアイドルと歩くのは御免だ。


—————————

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