174bit 白い眼差し


 雛乃が発言するやいなや、部屋の中はしんと静まり返った。


 「えっと……、『Koi』ちゃんは最近元気にしている?」


 やがて、必死に絞り出したように英美里が話題を振った。


 「もちろん。 プログラムを改良してKoiはもっとパワーアップしている……って違くて! 恋愛だよ恋愛! 気なっている人がいるだとか、好きな人に告ったり告られたりの話! ね、真衣ちゃん!」


 「気になっている人……怪しいデータを取り扱っている法人を何社か目を付けてはいるけど……あ、過去に大手IT企業の役員がデータ改ざんしているのを告ったことならあるよ」


 「それ『告発』でしょ?! 真衣ちゃんは恋とかあんまり興味なさそうだし……英美里ちゃんならあるんじゃない? えみりりとしても活動しているし、男性ファンだってたくさんいるに違いない!」


 「うーん、ダイレクトメッセージならえみりり宛てによく届くよ。 たぶんファンからだと思うんだけど」


 「なるほどなるほど。 それで肝心の内容は? 『えみりりのことが好きです』とか書いていたりして?」


 「『資金運用に興味はありませんか?』とか、『攻めた写真を送ってほしい』とか」


 「ストーーップ! 英美里ちゃん、そのメッセージに返事しちゃだめだよ……。 全然恋愛と関係なかった……」


 雛乃はさりげなく糸の方をみた。


 「糸っちは……ないか」


 「ちょっと!! いやないけどっ!! なんかそっけない!!」


 「みんなして恋バナを持ち合わせていないとは……」


 「雛乃ちゃんこそなんかないの?!」


 むきになった糸が雛乃に尋ねる。


 「私? 私が気になっている人は……そうそう、イクラちゃんのお父さんはかっこいいと思う」


 「え……雛乃ちゃん……年上好きだからって……だめだよ」


 糸だけでなく真衣と英美里からの冷たい視線が雛乃に集中する。


 「ただかっこいい思っただけだよ?! 他意はないよ他意は! たいだけに」


 雛乃は手のひらをゆらゆらさせて、泳ぐ魚のジェスチャーをした。


 Ikuraグループに掛けた咄嗟とっさのジョークでごまかす作戦である。


 しかし、結局その作戦は冷たい視線の温度をさらに下げるだけだった。

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