165bit 雛乃より愛をこめて


 「ばかって……雛乃ちゃんひどい!!」


 「冗談だよ冗談……ちょっと本当かも」


 すっかりおどける雛乃としっかり真に受ける糸。


 そのやりとりを英美里がクスクスと笑う。


 MANIACの日常劇が屋上にて繰り広げられていた。


 「そうだ……この端末、イクラちゃんに返さないと」


 雛乃はアスファルトの上に転がっている小型端末を見つめる。


 「え……Koiちゃん、返しちゃうの?」


 糸の声は寂しげだった。


 「うん、Koiにハマっちゃったからこんな事態を招いちゃったんだし、それにKoiの開発ならきっと私よりももっと適した人がいるはずだよ」


 雛乃はけじめをつけるためにも、Koiとの関係を断つつもりだった。


 切なくて、苦しくて、悲しいけれど。


 「えっと……、多分それはイクラちゃんが許可しないと思う」


 雛乃の決意に待ったをかけたのは英美里だった。


 「え? どうして?」


 「この前イクラちゃんと会ったとき、イクラちゃんが雛乃ちゃんのことベタ褒めしてたもん。 荒井雛乃はNishiki Koiプロジェクトに多大なる貢献をしている、荒井雛乃がいればIkuraグループも安泰だ、って」


 Ikuraグループは頻繁にKoiのデータを回収していたから、その内容を評価したのだろうか。


 「あと、えみりりとKoiちゃんで歌のコラボ企画をしてみたいなーなんて……」


 英美里は恥ずかしそうにモジモジとしていた。


 「なるほど、おもしろそうだね。 だけど……」


 それで、本当にいいのかな。


 私がKoiと一緒にいても……。


 「あ、やっぱり。 雛乃、あなたもインチキをしようとしていたんでしょ」


 「ほへっ? インチキ?」


 叱る声の先に目を向けると、二枚の便箋を片方ずつ両の手に持つ真衣がいた。


 それぞれの便箋には、大きな文字で『友情』と『愛情』が書かれている。


 「ギクッ……、ま、真衣ちゃん、それには色々と訳が」


 糸っちが最終問題を間違えたら、そのどちらかの便箋を答えにするためにこっそり封筒に忍ばせていた。


 だなんて、言えやしない。


 雛乃がだんまりしていると、真衣はひとつ息を吐いた。


 「雛乃が便箋の中に答えを書いたんだとしたら、これも答えなんでしょ」


 真衣は『愛情』だけが書かれている便箋を指し示す。


 「だから糸だけじゃなくてKoiも正解している」


 「え、いや、そうなの……?」


 雛乃は真衣のとんでも理論に戸惑った。


 理論はともかく、なぜ真衣ちゃんがいきなりそんなことを……。


 「そっか、じゃあKoiちゃんも勝負に勝ったんだから、Koiちゃんの望みもきいてあげないとだね」


 真衣の思惑おもわくむことができたのは糸だった。


 糸は落ちていた小型端末をひょいと拾い、そして意気揚々と尋ねる。


 「Koiちゃんは、これからも雛乃ちゃんと一緒にいたい?」


 その瞬間、雛乃が見たのは糸と手を繋いでちょこんと立っているKoiの姿だった。


 Koiは、右手を雛乃へまっすぐ伸ばす。


 「うん、私はずっと雛乃と一緒にいたい」


 愛らしい笑顔でそう言うと、Koiのおもかげは秋の空にパッと消えた。


「……しょうがないなぁーもう」


 雛乃は照れ笑い交じりに糸の差し出していた小型端末を受け取って、強く握りしめた。


 「……まずいよみんな! もうこんな時間っ!  お昼休み終わっちゃう!」


 英美里がスマホを見ながら叫ぶ。


 「購買のデザートがなくなってしまう、急がねば」


 真衣が先頭きって屋上を抜ける扉へと走った。


 「置いてかないでー!」


 糸と英美里がすかさず真衣の後を追う。


 雛乃も三人に続こうとした。


 が、その前に雛乃は後ろを振り返り、がらんとした屋上を眺めた。


 私の最後の答えが白紙だったのは、『友情』も『愛情』も大切で、選びきれなかったから。


 ではなく、どちらもよくわからなかったから。


 だけど、今ならちょっとだけわかった気がする。


 みんなからたくさんもらった、想い。


 次は、私だって。


 かえでの足跡を刻みながら、雛乃は前へと進む。


 その背中を、愛しい風がそっと押していた。



 第4章 IT IS LOVE.  完

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