152bit 5分1秒のロマンス
「歌うときはそこに置いてあるマイクを使ってね」
雛乃は部屋の中央に立つ英美里に向けて説明した。
第二回戦当日、MANIACの部屋に一番乗りしたのは糸だったが、そのときすでに椅子と机は部屋の窓際に移動されており、英美里の机の上にはマイクが置いてあった。
現在、糸と真衣は椅子に座って後ろから英美里を見守っている。
「それで英美里ちゃん。 歌う曲はもう決まっている?」
「うん。 私は『小さな夜に想う』を歌おうと思っている」
「なるほど、ちょっと前に流行った恋愛映画の主題歌だよね。 じゃあKoiもその曲を歌うことにしよう。 順番だけど、Koiが先でもいい?」
「……大丈夫」
同じ曲、そして先攻。
おそらくどちらも私にプレッシャーを与えるための選択。
けれど、臆したりはしない。
私は自分の実力を信じて歌う。
ただそれだけ。
「見たところえみりりが新しい動画をあげている様子はないから、どちらが勝つかは英美里ちゃんが二週間でどれだけ成長したかにかかっている 。 とはいえ、Koiには少しばかりアドバンテージがあるんだけどね」
「アドバンテージ?」
「それは聴いてからのお楽しみだよ糸っち。 よし、そろそろ始めようか。 Koi、『小さな夜に想う』を歌って」
「『小さな夜に想う』だね。 わかった!」
Koiが元気な返事をしてからまもなく、スローテンポのイントロが流れた。
やがて、Koiが歌声を披露する。
糸はそこで雛乃の示すアドバンテージの意味をようやく理解した。
Koiは、絶対に間違えない。
歌詞はおろか、音程さえも。
そのスキルはカラオケの採点にとってかなり有利にはたらくだろう。
Koiは機械ならではの利点を遺憾なく発揮して、曲を難なく歌い終えた。
「得点はディスプレイに表示されるよ」
雛乃が言った直後、ディスプレイには五角形のレーダーチャートとともに得点が表示された。
五角形に、ほとんど余白はない。
「96点……うん、上出来だね。 いくら音程を外さないといえど、誤差でこのくらいの点数になることは想定済み」
「にしても、高すぎる……」
糸はそう嘆いていた。
英美里ちゃんが勝つには、100点満点から3点までしか落とせない。
つまり、たった一度の微々たるミスでも英美里ちゃんにとっては致命傷だということ。
「次は英美里ちゃんの番。 準備はいい?」
「うん、おねがい」
重圧が身体にのしかかったまま、英美里はマイクを握りしめる。
そして、5分1秒のロマンスは始まった。
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