135bit 感情がなくたって


 「AIって、感情まであるの?」


 気づけば糸は、大真面目にそう質問していた。


 人間と普通に会話ができ、画像や映像を作成できて、予測もできる。


 できることずくめのAIなら、感情を持つことだって。


 「ああ、違う違う。 Koiはその場の空気を読んで、合わせるようにリアクションしているだけだよ。 Koiは私たちの笑い声を認識して、最適な選択肢を選び、行動に移した」


 「ということは……」


 「言い方は悪いんだろうけど、何を聞こうが何を話そうが、Koiは何とも感じちゃいないよ。 それが、AIの限界」


 雛乃の答えは単純にして明快だった。


 Koiちゃんがどれだけ私をからかったとしても、どれだけ私を慰めたとしても、動機は常に最適解、ただそれだけ。 


 そこに、共感はない。


 改めて考えてみたら、そんなの当たり前だ。


 KoiちゃんはAIであって、人間じゃない。


 Koiちゃんは、人間によく似た……。


 「糸っち。 私はそう思わないよ」


 「雛乃ちゃん? 私、今何も……」


 しゃべっていないのに、雛乃ちゃんに心を見透みすかされた?


 「糸っちは表情に出やすいタイプだから、何を思っていたのか大体わかっちゃうよ。 結局、Koiはパソコンとか掃除機とかとおんなじで、便利な道具のひとつに過ぎない、のかな。 こんなにも和気藹々あいあいとコミュニケーションがとれているKoiはさ、そりゃ感情は持ち合わせていないし、血も通っていない。 だってその必要がないんだから」


 Koiちゃんは機械だから、電気が巡れば問題ない。


 AIとしての役目を果たせるのだから、感情さえもらない。


 でもそれってやっぱり、人間とは異なる気がして。


 「だけど、別に感情がなくたって、それだけで私とKoiの距離は変わらない」


 なるほど、そうか。


 Koiちゃんに感情がないという事実は、私とKoiちゃんの間に深いみぞを形成した。


 幅が広いせいで飛び越えることもできず、私とKoiちゃんは離れ離れを余儀なくされている。


 しかし一方で、雛乃ちゃんとKoiちゃんの間には、溝なんて存在していなかった。


 それは……、どうして?


 「私はさ」


 雛乃の手には、Koiの声が聞こえる小型端末。


 ひとつの呼吸を。


 置いてから。


 「Koiのことが好きなんだよ」


 雛乃は流し目でKoiを見ながらそう言った。


 部屋の窓が、紅葉こうよう色の風によって叩かれる。


 振動したガラスがもたらした秋の波は、糸の心臓をトクンと高鳴らす。


 少しだけ、ほんの少しだけ、雛乃ちゃんの気持ちがわかったかもしれない。


 けれど、その感情を何と言い表せばいいのか、糸にはよくわからなかった。

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