第4章 IT IS LOVE.

121bit いとをかし


 窓の外でくれないの葉がひらりと舞うお昼休み、廊下を歩いていた雛乃は教室の中でスマホとにらめっこしている糸を見つけた。


 「糸っちどうしたの? そんなに険しい顔して」


 「あれ、雛乃ちゃん。 雛乃ちゃんこそ、私に何か用事でも?」


 「たまたま糸っちの教室を通りがかっただけだよ」


 「そっか。 うぬぅ……大きくしたり小さくしたりしてみているんだけど、どうもわからない……」


 糸は親指と人差し指をスマホの画面に押し当て、広げたりせばめたりしている。


 「雛乃ちゃん、これ何て書いてあるかわかる?」


 ついにギブアップした糸が、雛乃にスマホを渡した。


 画面には、ぐねぐねと曲がりくねった文字のようなものが表示されている。


 なるほど、CAPTCHA認証に苦戦しているのか。


 雛乃は糸の困りごとに見当がついた。


 マシンを用いてIDやパスワードを自動的にランダムで打ち込み、故意に不正ログインしようとする悪者の対策として、主にユーザーが複数回パスワードを間違えた時などにキャプチャ認証は作動する。


 画面に出現した文字を打たなければログインできないのだが、キャプチャはその文字をわざと見づらくすることによって、人間以外の解析を困難にしている。


 つまり、キャプチャ認証の目的は、ログインをこころみているのはマシンじゃなく人間ですよ、という証明をすること。


 とはいえ、最近は画像解析マシンも発達しているため、キャプチャの文字列はどんどんと複雑化しており、中には人間でさえ読み取れないものまであったりする。


 糸っちはそれを引いたのだろう。


 「どれどれ……でも、なんとか読めそうだよ。 えっと……」


 キャプチャは大抵ローマ字や数字のはずだけど、ひらがなもあるんだ……。


 しかも、バラバラの文字列ではなく、ちゃんと意味を成す……。


 「い……と……を……か……し……」


 「それだよ雛乃ちゃん! 居眠りしながら授業受けてて、文字がぐにゃぐにゃになっちゃったから、写真を撮って拡大したんだけど……ありがとう雛乃ちゃん!」


 雛乃はそこでようやく気がついた。


 糸の机に古典のノートが広がっていることを。


 「糸っち……いとをかし……」


 雛乃は糸の滑稽こっけいさを古めかしく表現した。

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