108bit トライアングル、ワンショット

 

 「これで最後のひと山だ。 肩凝かたこったぁ」


 雛乃は伽藍堂がらんどうとなった図書室の机にポツンと置かれている本の山を、よいしょっと持ち上げた。


 糸っちも英美里ちゃんもさっきは何だったんだろう……。


 ま、あらかた想像はできているんだけど。


 さっさとこの苦役くえきを終わらせて、糸っちにチャットで進捗しんちょくをきいてみよう。


 「っと、危ない」


 いた足がもたついて、雛乃は危うく本をひっくり返してしまうところだった。


 自然、雛乃の両目は山の頂上にある本に注目してしまう。


 「あれ? この本の作者の名前……」


 雛乃は一旦本の山を下ろし、てっぺんの本だけを手に取った。


 「人魚姫の子守唄……エッセイ集……」


 雛乃は表紙に書かれている文字を呟く。


 そして、好奇心のおもむくままにペラリとページを進めた。


 「なるほどね。 これでイクラお嬢さんの血縁関係者がおおむね把握できた、と」


 真衣はクリックして進めたwebサイト上の記事をじっくりと読んでいた。


 糸に頼まれたから仕方なく調べている、とも言えなくはないが、実際のところ真衣自身も井倉について少し気になっていた点があった。


 それは井倉がMANIACの部屋でボソッと口にしていた、『字が読めない頃からずっと慣れ親しんでいた紙の本』というセリフ。


 字が読めないのに本に慣れ親しんでいた、という発言はどうも矛盾をはらんでいる気がしてならない。


 ただ、多読家であろう井倉がそんな単純なミスを犯すだろうか。


 もし、井倉の発言が矛盾ではないとしたら。


 真衣はマウスのホイールを手前に転がす。


 すると、下へスクロールしたパソコンの画面に、一枚の写真が出現した。


 「そういうことね」


 そこには女性の隣で天真爛漫    らんまんに笑う井倉が映っていた。


 「イクラちゃん、メディアに引っ張りだこだなぁ」


 英美里はテレビに映る井倉の姿をみて、改めて有名人であることを意識した。


 「今や雑誌からCM、SNSに至るまで見ない日はないほどマルチにご活躍されているイクラちゃん! 今日はそんなイクラちゃんの素顔に迫ります!」


 番組はアナウンサーと思わしき女性と、絶えずスマイルを振りまく井倉が対話していく形式で進行していた。


 番組の収録はいつ頃だったのだろう。


 この時、すでにイクラちゃんはサバ読みに対して不安を募らせていたのだろうか。


 英美里はスポットライトの当たる井倉に落ちる影を見つめていた。


 「ではここで、視聴者からの質問コーナーに参ります。 さっそく一つ目の質問。 イクラちゃんが一番尊敬している人物は誰ですか」


 アナウンサーは手元の資料を声に出して読み上げた。


 事前に質問を知らされていたのかもしれない。


 カンペが用意されているのかもしれない。


 英美里にそう思わせるほど、井倉は笑みを浮かべたまま迷いなく、すぐに答えた。


 「私が尊敬する人は—―」

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