99bit ううん、どっちも違う


 「そう落ちこまないで。 何というか……、すごく糸っちっぽかったよ」


 「フォローになってないよぉ……、うゔぅ……」


 雛乃の励ましもむなしく、糸はしばらくの間、顔を伏せてうなだれていた。


 「ねぇ、私自身は本を読まないんだけど、読書好きな友だちのことなら知っていて、その友だちは、『読書は五感で楽しむもの』って言ってたの」


 英美里は糸の背中をさすりながら、ポツリポツリと話し始めた。


 「生まれたての白色や日に焼けた黄色、気取った匂いやこすれた香り、ツルツルな肌触りやボコボコとした感触、ページをめくるときの軽やかな音、重苦しい音、そして物語の味わい。 どんな本でも、その一冊に詰まった全てを感じながら読書をする。 私の友だちはそんなことを言いながら読書にふけっていた。 もちろん、友だちは電子書籍を意識して発言したわけじゃないと思うけどね」


 英美里は親友が事あるごとに口にしていたセリフを引き合いに出していた。


 それにしても、ここまではっきりと覚えていたとは。


 私が動画の編集をしているとき、彼女は決まって寝転がりながら漫画やら小説やらを読んでいた。


 当時の私は、動画作成を手伝ってくれてもいいのに、と多少の不満を持っていたけれど、彼女の楽しそうな横顔が目に映るたびに、結局私の方が折れてしまっていた。


 何気ない日常のワンシーン。


 なのに、彼女といえば本、本といえば彼女という具合に、過去の思い出がまざまざとよみがえる。


 それほどに、本と彼女の繋がりは強かった。


 「電子書籍ではまだ実現できていない、紙の本ならではの物理特性かぁ」


 「それが理由で紙の本にこだわりたいと思っている読書家はいるかもしれない」


 雛乃と真衣は揃ってうぬぅとうなった。


 いつの間にか糸も顔をむくっとあげている。


 「でも、その友だちと同じスタンスで本に向き合う人はごくわずかだとも思う。 ストーリーだけ楽しめればそれでいいっていう人も大勢いる訳で。 ただ、私はそれも踏まえて反論したいの」


 「反論?! また私に言葉のやいばが!!」


 「いやいや、糸っちじゃなくて私と真衣ちゃんサイドでしょ? 電子書籍推進派」


 「ううん、どっちも違う」


 英美里は首を横に振った。


 「イクラちゃんに対して」


 英美里はこの日のために用意しておいた意見を三人に主張した。

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