98bit カレーにメロンパン


 「電子書籍の重大な欠点を見落としている?」


 雛乃だけではなく、真衣や英美里までも首を傾げていた。


 どうやら気づいたのは私ひとりだけだったらしい。


 糸は妙な優越感に浸ってしまう。


 「電子書籍だとさ……」


 糸は勿体もったいるように一拍置いてから、とっておきの一手を繰り出した。


 「データが消えてしまう危険性がある!!」


 ……?……?……?


 あれ? みんなピンときていない?


 「ほ、ほら、いくら数千冊の本をひとつの端末に入れられたとしても、その端末が壊れてしまったらデータの本はもう読めなくなるでしょ? それってかなりリスク高くない? だったら、火事でも起きない限り全て消えることなんてない紙の本の方が安心して……」


 糸は三人に伝わるよう身振り手振りを加えて解説した。


 が、まるで効果を示さない。


 むしろ、三人から何故か憐憫れんびんの眼差しを向けられていた。


 「真衣ちゃん……、糸っちに衝撃の事実をお見舞いしてあげて」


 雛乃の指令を受けた真衣は、やれやれとゆっくり口を動かした。


 「糸、いくら端末がぶっ壊れたとしても、本のデータが消えることは、ない」


 「そんなまさか?! だって、端末の中にデータがあるんじゃ?!」


 「そうなんだけど、それはあくまで仮の姿。 実体のデータは電子書籍サービスを扱う企業が管理しているの。 だから、端末が壊れたら新しい端末で電子書籍サービスにアクセスすれば、データはすぐに元どおり」


 「で、でも、何らかのアクシデントで企業の管理するデータ自体が消えてしまう心配は……」


 「無用ね。 たとえ日本各地で未曾有みぞうの大災害が起きたとしても、データの消失可能性はゼロに等しい。 なぜそう言い切れるのか、そうね、今度みっちり講義してあげるわ」


 「もしかして、そのことを英美里ちゃんも雛乃ちゃんも知ってて……?」


 「うん……、だって、動画配信サイトも同じ原理でユーザの動画を管理しているから……」


 「いて言えば、企業が電子書籍サービスを終了してしまうと、それまでサービス内で所持していた本がもう読めなくなる、という懸念もあるにはあるけど、良心的な企業であればサービス終了後も読むだけなら引き続き可能にしていることが多いからね」


 「つまり……」


 「とどのつまり、糸の挙げた電子書籍の欠点は、地球が破滅しない限り、起こり得ない」


 …………。


 三人に華麗に論破されてしまった糸は、先ほどまでのにんまり顔はどこへやら、すっかり意気消沈してしまい、やがてノロノロと机に屈服した。

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