第82話 オプション

 サスケがマセスさんと話し始めてから数分経った。


 俺は何をするわけでもなく、ボーッとドラゴンを眺めていた。

 すると、ようやく二人が帰ってきた。


 しかし、何やらマセスさんの様子がおかしい。


「お待たせしました。話ができましたので、もう大丈夫です」


 サスケはなんでもないような口調でそう言ったが、よろよろとサスケの背後から顔を出したマセスさんの表情は疲れ切っていた。


「そ、そうか。ならいいんだが、何があったんだ……?」


「実は先程この男が勧めた小型のドラゴンは病弱な個体らしく、幾つか問題があるようです」


 サスケは呆れたような口調で言った。


「でもそれは些細な問題だろ?」


 確かに他のドラゴンに比べて体も小さいし、線が細い気がするが、俺とサスケ、そして僅かな荷物しか積まないので平気な気がするが……。


「……」


 相も変わらず無表情のサスケは俺の言葉に静かに首肯すると、若干目を細めてマセスさんを睨んだ。


「ひっ、ひぃっ!! じ、実はあのドラゴンは体が弱く、効率の良い商売ができないので近いうちに売り払う予定でして……あの、それで……」


「それと欠陥とやらには何の関係が?」


 俺は怯えるマセスさんを遮るようにして口を出した。


 売り払う、ということは買い手がいるということだ。

 護衛としてドラゴンを雇うにしても、よりによって生まれたばかりで病弱な個体を買うものはいないと思ったが、そうでもないらしい。


 実用的な使い道のない小型のドラゴンの買い取りを検討するとは、余程の金持ちなのかもしれないな。


「は、はい。見ての通り、あのドラゴンは体躯が小さく、定員も三人までと決して便利とは言えません。しかし、それ以上に問題がありまして……」


「……問題?」


 マセスさんは神妙な面持ちで話を進めていく。


「はい。実は優しそうな顔つきとは裏腹に性格が荒く、契約ギリギリの振る舞いをするので非常に危険なのです。これまでにも名のある冒険者たちが軽いとはいえ怪我を負っています……」


 ドラゴンの性格に難あり、ということか。

 確かに飛んでいる最中に暴れられたら、たまったもんじゃないな。

 空中から放り出されたら間違いなくあの世行きだ。


「旦那。どうしますか? どうもこの男は胡散臭い気がしてなりません」


 俺がジッと腕を組んで考えていると、サスケはゆっくりと周囲に視線を這わせながら呟いた。


 どうしようか。

 海を渡る以上、ドラゴンロードを使うのが最善策だしな……。


 それにあまり金銭面に余裕もない。他よりも料金が控えめなあのドラゴンに決めたいのだがな……。


「ああ、マセスさん」


「な、なんでございましょう……?」


 俺はサスケに怯えてすっかり縮こまってしまっているマセスさんに声をかけた。

 マセスさんは小さく肩を跳ねさせると、弱々しく返事をする。

 別に俺は威圧的にしたつもりはないんだが、そこまで怯えられると謎の罪悪感が芽生えるな。


「あのドラゴンを買い取られるのはいつごろですか?」


「そ、それは、その……」


「どうした。まだ何か隠しているのか」


 言い淀んでいるマセスさんをゆっくりと見守っていた俺とは裏腹に、サスケは頭にきているようで、語気を強くして一歩前に足を踏み出した。


「サスケ、少し落ち着け」


 冷静さを欠いている、というよりも、マセスさんに対して強気な態度になっているサスケに注意をした。

 どうも俺絡みのことになると、性格が少し変わるみたいだ。


「……すみません。旦那」


「それで、買取はいつごろになるのか教えてもらっても?」


 俺はサスケを一瞥した後、すぐにマセスさんの方を向く。


「じ、じじ、実は——」


「——悪いねー! 二人とも! それで、どのドラゴンにするか決まった……ん? なんだ。マセスと一緒だったのか」


 ゆっくりと顔を上げて口を開いたマセスさんの言葉を遮ったのは、背後にある建物から現れたジェームズさんだった。

 用事は済んだのだろうか。


「あ、ああ、ジェームズさん……っ! あ、お久しぶりです。ちょうどいいところに!」


 マセスさんは驚いたような表情を浮かべながらも、ジェームズさんに深く頭を下げた。


 二人の言動や態度から察するに、どうやら二人は元々知り合いだったようだ。


「ん? なにかトラブルでもあったのかい?」


「え、ええ。実は近いうちに『帝』が買い取る予定のあのドラゴンについて話をしていまして……」


 マセスさんは俺とサスケを見た後に、小型のドラゴンのことを一瞥した。


「ああ。大方理解したよ。二人に詳細を隠して押し付けようとしたけど失敗したんだろう? でも、二人なら大丈夫だよ。実力は相当なものだしね」


 ジェームズさんは俺たちの表情や空気感だけで、ほとんどの事情を察してくれたみたいだ。


「ジェームズさん。聞き間違いでなければ、『帝』が買い取る予定とのことですが、その辺りは大丈夫でしょうか?」


 近いうちに買い取るというのに、俺たちがいつ帰るかも不明なのに使用しても平気なのだろうか。


「ああ。本当は今日買い取るつもりでさっき手続きを済ませてきたんだけど、タケルくんには恩があるし、全然構わないよ」


「あっ! ほ、本日買い取る予定だったんですね! あ、危ないところでした! お二人以外のお客様に売り込んでいたら大変なことになるところでした!」


 マセスさんは額にできた脂汗を腕で拭き取り、フーッと深く息を吐いた。


「伝達が遅れてしまって悪かったね。あまり顔を出せる機会がなかったんだ。お詫びとして……ね? 弾んでおいたからさ」


「あ、ありがとうございますっ!」


 ジェームズさんは懐に手を入れてニヤリと笑うと、それを見たマセスさんは先はどの表情とは打って変わって、パーっと明るい表情になっていた。


「それより……ジェームズさん。正直、俺たちはあまり手持ちがないのですが、後から必ず返しますので、どうか今回は見逃してもらえませんか」


「ん? むしろ、君は無償で乗るべきだよ。『帝』の関係者だし、この国の救世主だしね」


 救世主は言い過ぎだと思うが、ここはジェームズさんに甘えるとしよう。


「恩に着ます」


 どうやら金銭面についての心配はなさそうだ。


「み、皆さん。お話が済んだようでしたら出発時間についての調整を行いたいのですが……」


 マセスさんは手のひらを擦り合わせながらにじり寄ってきた。

 ジェームズさんがいるからか、先ほどよりももっと腰が低くなっていた。


「今すぐでお願いします」


「い、今すぐですか……!?」


「今すぐです。少し急いでまして」


 俺は食い気味に答えた。

 本当はゆっくり準備をして行きたいところだが、そういうわけにもいかないのだ。


「か、かしこまりました! では、準備をして参りますのであちらでお待ちくださいませっ……!」


 マセスさんはドタドタと忙しそうに、だが、どこか嬉しそうに後方にある小さな建物へ向かって走っていった。

 

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