第80話 ドラゴン便
「それで、一体どういうことだい? 君とアンの関係、そして、君の後ろにいるそこの怪しい男の正体についても洗いざらい説明してもらうよ」
ジェームズさんは柔らかい表情とは裏腹に、トゲのある言葉を吐くと、俺の目をジッと見た。
俺の横に腰をかけているルークは深く事情を知らないせいか、どこか居づらそうにしている。
「ええ。簡潔に言いますと、アンは俺のパーティーメンバーです。領主様から話を聞いてはいませんでしたか?」
俺は時間が惜しいので余計な説明を加えず、簡潔に説明をした。
「君がアンのパーティーメンバーねぇ……。生憎、詳しい事情は聞けていなかったんだ。悪かったね。それで、その怪しい男は何者かな? 君はその男がそうだとわかって一緒にいるのかい?」
ジェームズさんが発した言葉は、どこか別の意味を含んだような言葉だった。
おそらく既にサスケがモンスターであることに気がついているのだろう。
「重々承知の上です。しかし、ジェームズさんもご存知の通り、邪な気配は感じないでしょう?」
重々承知どころか、俺のパーティーにはもう一人モンスターがいるので、特に問題はない。
今は気配をそっと静かに隠して眠っているので、人にバレることはないだろう。
その証拠にジェームズさんも気付いている様子はなさそうだ。
「そうだね。長年の経験から察するに、彼は悪人ではなさそうだ」
ジェームズさんは緊張の糸を解くように、フッと息を漏らした。
「ええ。ですので、見逃していただければ幸いです」
「……君には先の戦いで助けられたからね。今のうちにどうこうする予定はないよ」
「感謝します」
俺が小さくお礼を言うと、それに続くようにサスケは深く頭を下げた。
サスケからすれば、ジェームズさんがどんな人で俺にとって何なのかは不明なはずだが、空気を察して即座に行動に移したのだろう。
「構わないよ。それより、どうしてアンは目を覚まさないんだい? いや、その隣にいる
ジェームズさんが抱える感情は怒りではなく困惑だった。
「……実は——」
俺は事の顛末を詳しくジェームズさんに明かした。
「——ということがありました」
「そうか。フェルイドは領主様の一撃では滅んでいなかったんだね。それに『ドラグニル』も関係しているとはね……」
ジェームズさんは顎に手を添えて小さく唸ったが、『ドラグニル』の件について大きく驚いた様子はなかった。
「それで三人の目を覚ますために、極東の国——ジェイプへ足を運ぼうかと考えているのですが……」
「三人を預かってほしいと?」
「ええ」
俺は躊躇することなく頷いた。
こういう場では遠慮してはいけないと考えたからだ。
「ふむ……そこへ行けば、三人の目を覚ますことができるのだね?」
「……必ず」
正直な話、断定はできない。
この世に百パーセントなんてないのだから。
だが、俺は必ず成し遂げるという強い信念持って行動している。気持ちだけでどうにかなるとは思っていないが、ジェイプがダメなら次の地へ、そこがダメならまた次の地へ行けばいい。
諸悪の根源はギルバードだが、俺の無責任さが招いた事態でもある。
何としてでも、助け出さなければならないのだ。
「そういうことなら任せてくれ。こうなってしまったのは我々の責任でもあるからね。正直なことを言うと、君がいなかったら危なかったかもしれない。断るという選択肢はないから安心してほしい」
ジェームズさんはスッと席を立つとソファで眠るアンの赤髪を撫でた。
頭を撫でるその姿は父親そのものだったが、撫でている時の表情はとても悲しそうだった。
「ありがとうございます。では、俺たちは明朝にでも出発するので、領主様にはよろしくお伝えください。ルーク、後のことは任せてもいいか?」
「はい。任せてください! 私、師匠の熱い魂に胸を打たれた故、責任を持って三人の面倒を見させていただきます!」
ここまで沈黙していたルークは胸に手を当てると、勢いよく立ち上がり、声高らかに言葉を吐いた。
「ふふっ。二人はいい関係性だね」
ジェームズさんは思わずといった感じで笑みをこぼした。
「いえいえ。まだまだこれからですよ」
ルークには迷惑をかけてばかりだ。いずれ恩返しをしたい。
「そうかい。ところで、二人は歩いて行くのかい?」
「ええ……そのつもりですが」
俺の縮地を使えば、馬よりも遥かに早く行動することができる。
サスケもスピードには自信がありそうなので、それほど時間はかからないだろう。
「俺は極東の国……ジェイプだったかな? そこがどこにあるかは知らないけど、体力面や精神面を加味するなら、徒歩はやめておいた方がいい」
長年Sランク冒険者として活躍してきたジェームズさんの言葉だ。
従っておいた方が良さそうだ。
「確かに。詳しい道のりがわからない以上、そういったリスクは避けるべきですね。サスケはジェイプから王都までどのくらいかかったんだ?」
俺は背後で静かに佇むサスケに聞いた。
「……果てしない道のりだということは覚えています。途中、海もあるのでおそらく歩いて行くのは困難かと」
「じゃあサスケはどうやってきたんだ?」
「某はがむしゃらに歩き、走り、泳ぎ続け、気がついた時にはこの地に立っていました」
サスケはなんでもなさそうにそう言ったが、規格外にも程がある。
モンスターだからこそ、サスケは無尽蔵の体力を持っている。そのため、無謀な挑戦も可能だったのだろう。
いくら俺が体力やスピードに自信があるからとはいえ、無理をすべきではなさそうだな。
「どうしようか……海があるなら馬も厳しそうだな」
「いっそのこと旦那の刀で海を両断してみては? さすれば道が開かれます」
「バカ言え。試したことはないけど、いくら俺でもそれは無理だと思うぞ」
サスケは俺のことを盲信している節がある。
本気でそれが可能だと思っているのかもしれない。
「ふふふ……走るよりも早く、それでいて海なんていう障がいは全く関係ない手段が一つだけあるよ」
俺とサスケ、ルークがどうしようか悩んでいると、ジェームズさんが余裕を帯びた声で提案した。
「……? それは一体……?」
俺が聞き返すと、ジェームズさんは薄らと口角を上げる。
「——ドラゴン便さ!」
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