第60話 まさかの邂逅
「じゃあ、タケルさんたちは隣の部屋に泊まるってこと?」
「そうだ。ここにはベッドが一つしかないだろ? だから俺とルークは隣の部屋に泊まることにした。夕食は各々適当に食べてくれ。じゃあな——」
宿に帰ってくると、時刻は夕方。
流石にこの部屋では狭いので、たまたま空いていた隣の部屋を俺とルークで使うことにした。
金は少々心許ないが、仕方のない判断だろう。
「——あ、あの……タケルさん……」
「ん? どうした? シフォン」
ルークが待つ隣の部屋に向かおうとした俺のことを、ベッドに腰を掛けるシフォンが呼び止める。
「ごめんなさい。僕のわがままのせいで迷惑をかけました……」
「……あまり気にするな」
俺はしゅんと俯くシフォンのことを置いて、そそくさと部屋を出た。
どこか気恥ずかしかったのか。
それとも素直な心になれていないのか。
自身の行動から目を背けて、その場から逃げてしまった。
◇
ルークと適当な食事を摘んでから部屋でボーッとしていると、いつの間にか夜が更けていた。
「散歩にでも行くか……」
普段なら起きようと思えば三、四日は連続で起きていられるし、眠ろうと思えばすぐに眠ることができる。
しかし、今日に限っては眠ることができなかった。
心臓の鼓動が早まり、焦りや不安の感情が高まっていくのがわかる。
「……この時間だと静かだな」
いくら王都といえど、現在の時刻は丑三つ時。
宿から離れた歓楽街の方面に行けば、ピークの時間帯だが、流石にこの辺りの商店は軒並み光を落としている。
「はぁぁ——」
「——こんな時間にどうしたのよ?」
「レナか……」
王都の広場に設置されたベンチに座ると同時にため息をついた俺の横に現れたのは、黒髪エルフの姿をしたレナだった。
正直、ここに来るまでに着いてきているのは気づいていたが、こちらから話しかけるほどの用事はなかったので無視していた。
「私で悪い?」
「そういうわけじゃない。ただ、こんな時間にどうしたってのは俺のセリフだ」
本来なら皆が寝静まる時間だ。
と言っても、スライムのレナに常識などは通用しないのだが。
「アンタが外に行ったから着いてきただけよ」
「そうか。起こして悪かったな」
「別にいいわ。人間ほどの睡眠時間は必要ないしね」
レナは俺から拳を二つほど空けた位置に腰掛けた。
「……だな」
「で……これから何をするつもりなの?」
「寝たフリをしていたから知っているだろ?」
ルークと話していたときにレナは寝たフリをしていたので、事情の把握はしているはずだ。
「まあね。でも、アンとシフォンが不安そうにしていたわよ?」
「それは悪いことをしたな」
「そう思うなら教えてあげたらどう? 私の口から言うのは違うしね」
レナのいうことも一理ある。
二人のことを考えるのなら、ここで教えてあげるべきなのだろう。
だが……
「そういうわけにはいかない」
「どうしてよ? 大切な仲間なんでしょ?」
レナは特に表情や言葉遣いを変えることなく、俺に言った。
至極真っ当な意見だが、だからこそだ。
「大切な仲間だからだ。昨日も言ったが、レナは二人のことを守ってやってくれ。頼んだぞ」
レナが自身の体内に隠し持つ数々の魔道具を駆使すれば、簡単に敵をあしらえるだろう。
ただし、真正面からの攻撃に限るが。
「アンタがそれなら良いんだけど……」
大切な仲間だからこそ、言えないこともある。
別に俺一人で背負おうなんて思ってはいない。これが別の案件なら打ち明けた方が互いの関係性もハッキリしてメリットの方が大きいだろう。
だが、今回のは別だ。規模が違いすぎる。
仮に二人に打ち明けて危険な目に遭ったら俺はどうしたらいい?
流石にルークに加えてあの二人まで守ることはできない。
「ああ、それと……明日は外出を控えてほしい」
「わかったわ。でも、軽い観光くらいならいいわよね?」
軽い観光か……。正直、一歩も外には出てほしくはないが、縛りすぎるのもよくないな……。
「……そうだな。それくらいならいいが、ほどほどにな?」
「そのつもり——」
「——レナ……話をしているところで悪いが、猫よりも小さい姿にはなれるか?」
「え、ええ。いきなりそんな顔してどうしたの?」
「俺の懐に収まる何かに変身してくれ。早く!」
この気配……間違いない。
俺がいる広場の反対側の通りから、徐々にこちらに近寄ってくる。
「う、うん? わかったわ」
「悪いな。少しだけここに入っていてくれ」
レナは手のひらサイズのハムスターに姿を変えた。
そして、俺はレナを懐のポケットに優しく入れる。
同時に目の前の通りから、見覚えのある男が姿を現す。
ゴツゴツとした金の鎧に、腰に差された細剣、かなり酒臭いがその実力は確かなことがすぐに分かった。
「——むぅ? 貴様は……?」
「……」
現れたのは『ドラグニル』のギルバード。
シャルムでレナを引っ捕らえようと動いていた騎士団の団長だ。
見たところ相当酒がまわっているので、こちらに気がつくことはないとは思うが、万が一を考えてこの場からすぐに去るべきだろう。
「こんな時間に何をしている?」
「……夜風に当たりたくてね。あなたは騎士様ですか?」
ギルバードが声を発した瞬間、胸に辺りに収納されたレナがピクリと震えた。
すぐに危機を察知したようだ。
「そうだ。王都の平穏を守るために日夜騎士として勇敢に戦っている」
ギルバードは新調したであろう細剣に軽く手をかけた。そこから殺気ではなく強い私怨を感じる。
「……そうですか。では、失礼します」
嘘ばかりを吐くギルバードの言葉を適当に流して、俺はベンチから立ち上がる。
どうやら王都内では王宮直属の騎士団である『ドラグニル』の騎士団長様として過ごしているらしい。
「待て……貴様……どこかで——」
「……」
全身に急速に血が巡っていくのがわかる。
ここでバレたら厄介ごとが増えるだけ。なんとしてもここから立ち去らなければならない。
「——いや、人違いか……早く行け……頭が上手く回らないんだ。今にも手を出してしまいそうだ」
——危なかった。
ギルバードは頭を押さえて、背中を丸めた。
この場を照らすのが薄い月明かりしかないとはいえ、素面だったらバレていたかもしれない。
「……ええ。では」
俺は取り乱さないように、至って冷静にギルバードに背を向けて、その場を後にした。
「……嫌な予感がするな……」
この感覚が気のせいであることを願う。
それにしても、まさかギルバードに会うなんてな……。
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