第59話 話し合いの末

「と、とんでもない大きさですね……」


「ああ。『一閃』の屋敷よりも全然大きいな」


 俺とルークは目の前にドンと構える『帝』の拠点を眺めて戦慄していた。

 四、五階建てで高級感のあふれる巨大な建物は、王都にある商業的な建物の規模と比べると見劣りするが、一つのパーティーの拠点としては規格外の大きさだった。


「ここに父上がいるんですかね?」


「おそらくな」


 中から感じる気配は領主様のものとジェームズさんのもの。

 確実にこの建物の中に目的の二人はいる。


「は、入りましょうか。す、すみませーん!」


 恐る恐るといった感じでルークが建物の中まで響くようなやや大きめの声を出した。

 その声は若干震えており、確かな緊張を孕んでいる。


「どちらさ——ん? タケルくんと、君は……」


 ゆっくりと開いたドアから顔を出したのはジェームズさんだった。 

 俺の姿を認識すると、すぐに表情が明るくなったが、ルークの顔を見た途端、どこか記憶を探っているような表情に変わっていた。


「あ、ああ、あ、ど、どどど、どちら様でしょうか?」


 自分のことを見つめるジェームズさんに驚いたのか、ルークは後退りながら動揺していた。


「そうだ、ルークくんだ! 覚えていないのも無理はないよね。まあ、中に入ってよ。君のお父さんもいるしね!」


 俺たちはジェームズさんに流されるがままに『帝』の拠点に足を踏み入れる。

 こんなに簡単にSランクパーティーの拠点に入ってもいいのだろうか……。





「——ごめんなさいっ!」


 部屋全体にルークの謝る声が響き渡る。


「はぁ……もういい。頭を上げろ」


「……はい」


 領主様とルークは俺とジェームズさんが腰を掛けているソファから離れた位置で、家族で会話をしていた。


「ジェームズさん。領主様……いえ、ギニトさんがどうしてここに?」


「ギニトさんはこのパーティーを作った人だからね。いついても何ら不思議ではないよ。それと呼びやすい呼び方でいいよ」


 俺の対面に座って熱い茶をすするジェームズさんは何でもなさそうに言った。


「そうだったんですか。道理で」


 ここにはいないが、おそらく、ガルファさんもその創設当時のメンバーの一人なのだろう。

 そしてジェームズさんも『帝』のメンバーということであっているはずだ。

 もう驚くのも馬鹿らしくなってくる。


「それはそうと、君がいるのは分かるけど、どうしてルークくんがいるんだい? 彼はフローノアにいたはずだろう?」


「自分の父親が詳しい訳も言わずに街を出たことを心配していたみたいです。ルークは良くも悪くも素直なので。ところで、ジェームズさんはどうしてルークのことを知っているのですか?」


 事情を知らない人からすれば、そんな自分の父親のことを放っておけるはずがない。

 ルークなりに考えがあって行動したのだろう。


「俺に自慢の息子だぞって、見せに来てくれたんだ。もう二十年近く前だけど、すぐに分かったよ」


 確かにルークは特徴的な銀髪で整った顔立ちなので、わかる人にはすぐにわかりそうだ。

 俺はどこかしゅんとしているルークを一瞥した。


「——なにぃ!? 儂らに同行したいだと!? ダメに決まっておろうが!」


 その瞬間だった。

 領主様が高圧的な言葉遣いでルークを叱り付けた。

 運がいいのか悪いのか、俺はその現場をばっちりと目撃してしまった。


「……ッ!」


 ルークは黙り込み、下を向いて歯を食いしばっている。


「タケルくん、あれはどういう状況か教えてくれ」


「ルークは俺たちに同行したいようです。詳しい理由は把握していませんが、おそらく領主様が関係していますね」


 単なるルークのエゴか、それとも領主様への想いからくるものか。

 詳細は不明だが、ルークが持つその意思は固いように思える。


「そうだったんだ。でも、彼の実力だと同行するには少し、いや、かなり厳しくないかな?」

 

 ジェームズさんは言葉遣いこそ優しいが、世界でもトップに位置するSランク冒険者のうちの一人だ。

 命のやりとりもしてきたはずだし、簡単に実力のないものをどうこうさせる気は無さそうだ。


「ですね。そういう俺もルークと同じDランクですから、人のことは言えませんけど」


「いやいや。俺は君の実力を見ていないし、何をしてガルファさんを唸らせたのかは知らないけど、そんな落ち着いて分析しておいて同じとは言えないよ」


「実力面は置いておくとして、俺とルークの立場にそれほど違いはありませんよ。それと、それぞれの信念を胸に冒険者をしているわけですから、ルークがああなる気持ちも俺にはわかります」

 

 俺が考えているほど理由は浅くないのだろう。

 しかし、ルークがあんなに我を突き通すことはこれまでになかったので、余程強い”何か”がルークを動かしているに違いない。


「そうだね……お、話し合いが終わったみたいだよ」


「そうですね」


 そうこうしているうちに領主様とルークによる、親子の会話が終わったようだ。

 二人はどこか切なげな空気を纏っており、気安く事情を聞くには少々気が引ける。


「ギニトさん、ルークくん。 大丈夫ですか?」


 が、しかし、ジェームズさんはそんな空気を気にも止めずに、あっさりと話を切り出した。


「……ルークを荷物持ちとしてパーティーの最後尾に同行させる。異論は受け付けない」


「まあ、ギニトさんの判断なら問題ないでしょう」


 領主様は結局、ルークの同行を認めたようだ。

 あまり行かせたくない様子だったが、ルークの熱い想いに心が折れたのかもしれない。


「……タケ。ルークを連れて今日は帰ってほしい。当日、また会おう」


 領主様はソファに座り込んで首を垂らすと、半ば強制的に別れの合図を出した。


「はい。では、失礼します」


「じゃあね。二人とも」


 俺は放心するルークの服を軽く引っ張り、『帝』の拠点を後にする。


「……」


「ルーク? どうしたんだ?」


 外へ出たが、ルークは口を真一文字に結んだまま一言も発さない。


「——父上から諸々の事情を聞いて驚いていただけです。ご迷惑をおかけしました」


「それならいいんだが……あまり無理はするなよ?」


 どういった事情かは知らないが、その鎮痛な面持ちから寂しさを孕んだ話だということは容易にわかる。


「……はい」


 俺はルークが発した弱々しい言葉に返事をすることなく、先を歩き始めることにした。

 易々と首を突っ込んでいい話題ではないと判断したからだ。


「……絶対に——してやる——ッ!」


 そんな時、明確な殺意を孕んだルークの言葉が俺の耳に入ってきた。

 それが何を指しているのかは不明だが、俺は気にすることなく、宿へ歩を進めたのだった。

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