第50話 修行

 真っ暗な屋敷の中。

 あることを考えながらソファに座っていると、ゆっくりとドアが開かれた。


「アン。忘れ物か?」


 どこか暗い表情で現れたのは、先ほどシフォンことを追いかけるように出て行ったアンだった。


「ううん。私も暫くの間はレナのところにいようかと思うんだけど……ダメかな?」


「いいぞ」

 

 俺にアンの選択を遮る権利はない。

 むしろ、今は俺が一人でいたい気分だった。


「ありがとう。タケルさんのことも心配だから、たまに顔を出すね」


「いや、そこまでしないでいい。俺もやることがあるからな」


 アンとシフォンが出て行ってから、俺は一人で今後について考えていた。


「やること?」


「ああ。一週間は屋敷を空ける予定だ。それよりも……シフォンは大丈夫か?」


 俺は脱線しかけた話を半ば強引に修正した。


「うん。でも、やっぱり少し悲しそうだった。初めて意見が食い違ったから、どうしたらいいかわからないみたい……」


 アンはこの件に関しては殆ど関係ないはずなのに、まるで自分のことのように親身に受け止めている。

 今もシフォンの感情を代弁するような声色で、たどたどしく言葉を紡いでいた。


「これからアンには迷惑をかけてしまうな」


「私はいいの。だから、二人は仲直りをしてね!」


 アンはこれまでの雰囲気を振り払うように、にっこりと笑った。

 

「……ありがとな」


「うん! あっ、このあとシフォンとレナと三人で女子会があるから、もう行くね!」


「……」


 俺は月の明かりが照らす街へと続く道を走り去っていくアンのことを無言で見送り、完全にアンの気配が闇に飲まれたところで重い腰をあげた。

 側に立てかけていた刀を手に取り、ふっと息を吐き精神を統一する。

 これから一週間。俺はどこか感覚が狂ってしまった自分を見つめ直した方がいい。


「あそこに行くか」


 月明かりが照らす夜空の下へ出た俺は、ある場所を目指して走り出すのだった。





「——縮地ッ!」


 縦に一閃、鋭利な刃物で引き裂かれた小高い山を目掛けて、横に刀を振るう。


「……よし」


 小高い山は遠目から見てもわかるほどには、縦に横に両断されており、たった一振りの刀で斬ったとは思えないほどだった。


「もう三日か……」


 ここは人類が恐れる竜の巣と呼ばれている山々を超えた先にある——秘境の地。

 およそ三年前。パーティーから追放された悔しさから、がむしゃらに走り続けた結果、訪れることのできた場所だ。

 改めてわかったことだが、ここはフローノアからは離れていたが王都には近く、その日のうちにに到着することができた。


「もっと……もっと強くならないと」


 俺は強さを求めていた。

 今の俺が魔王が創り出したという悪魔のようなモンスターに太刀打ちできるという保証はどこにもない。圧勝する可能性もあれば、瞬殺される可能性だってあるからだ。

 それに……胸のざわめきが収まらなかった。

 じっくり考えても、俺は俺の心に素直になれずにいた。だから、ここに来た。

 修行に励めば何かが見えてくるんじゃないかと思ったから。


「縮地! 縮地! 縮地! ギアを上げろ! トップスピードへすぐに入るんだ! 刀に殺意を込めろ!」


 俺は柔な心を持つ自分に言い聞かせるようにして、確かな焦燥感を孕んだ言葉を吐いていく。

 

 それもそのはず。

 俺が持つ魔王やその他人類への脅威になりうる存在への危険度は、サラリーが死んだことで大幅に上がっていたからだ。


「ハァハァ……っ……ハァ……ッ」


 久々に息が上がっていた。

 これまで秘めていた余裕はとうに失われており、そこにあるのは、まだ見ぬ未知の存在への警戒心だけだった。


「ハァ……よし!」


 だが、休む暇はない。

 俺は以前よりも瞬間的かつ滑らかな動作でフォームを作りだし、誰にでもついてくることのできないようなイメージを持ちながら、目の前に聳え立つ縦横切り裂かれた小高い山を目掛けて全力で地面を蹴った——。


「——縮地ッ!」

 

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