第10話 夢のマイホーム
「そこに座れ。さあ、簡潔に要件を述べよ」
領主様と距離を開け後ろからついていくと、豪華な部屋に通され、ソファへの着席を促された。
「……はい。家が欲しいんです」
ソファに浅く座った俺は、領主様の睨みに耐えながら簡潔に答えた。
「資金はいくら用意した?」
ギロリと睨み、見透かすように聞いてきた。
「ゼ、ゼロ……です……」
「帰れ。これから古くからの友人と久々に会うのだ」
はぁ。こればっかりは俺が悪いな。
急に無一文で押しかけて相手をしてくれるはずないしな。
「わかりました……」
俺は領主様に連れられて無言で玄関まで歩いた。
部屋に入ってから玄関に帰ってくるまで、僅か五分。
斡旋してくれたルークに申し訳ないな。
「もしも家が欲しいのなら資金を用意しろ。さすれば多少は顔を利かせてやる」
言い方は脅迫みたいだが、何も間違えたことは言っていなかった。
「……はい。それでは失礼いたしました」
領主様に軽く会釈をし、俺がドアに手をかける前に向こう側からドアが開かれた。
「おや? タケル様ではないですか。どうしてここに? ギニトと知り合いなのですか?」
そこにはフローノアまで一緒に行ってくれた優しきおじいちゃん、ガルファさんが立っており、後ろには見覚えのある馬車が停めてあった。
「む? ガルとタケオは知り合いなのか?」
領主様、俺はタケルです。
「この街に来る時に話し相手になってもらってたんじゃよ。あの時はありがとう。楽しい時間を過ごさせてもらいましたよ」
「い、いえいえ! 俺も楽しかったです!」
俺とガルファさんが親しげに話しているのを見ていた領主様は、顎に手を当てながらムムムムと小さく唸っていた。
「ガル、それとタケシ。中へ入ってくれ」
領主様、俺はタケルです。
「ギニト、タケル様と何の話をしていたんですか?」
名前で呼び合っていて、親しそうな感じを見る限り、古くからの友人というのはガルファさんのことで間違いなさそうだな。
「部屋で詳しく話す」
前方で楽しげに話す二人の後ろから俺はついていった。
それにしても、どうして俺を中に入れてくれたんだろうか。
また五分で出されたりはしないよな?
◇
「ふむ。家が欲しいのにお金がないということですか。まあ、確かにそれは商売人として売ることはできませんね」
話を理解したガルファさんが言った。
「タケイは冒険者なら資金くらいはどうにでもなるだろ?」
領主様、もう名前には突っ込みませんよ。
「その、まだEランク冒険者ということもあってお金は全く持っていないんです。その日暮らしで今夜も野宿の予定ですし……」
現在は懐に銅貨が二枚、それだけだ。
「ですが、タケル様は竜の巣の奥で修行したのでしょう? お金稼ぎならその実力があれば簡単では?」
ガルファさんは悪戯な笑みを浮かべた。
「なに? あそこの奥は誰も行ったことがないはずだぞ?」
竜の巣はそんなに危険ではない。素早く走り抜ければ何とかなるはずだ。
現に俺はドラゴンに遭遇していないのだから。
「あの時のタケル様は嘘をついていませんでした。何か理由があり、Eランク冒険者をやりながらも家を欲しがっているのでしょう」
ガルファさんは俺が嘘をついていないと断言した。
「……そうか。街のやや外れだが、平家の古い屋敷がある。条件付きでそこを譲ってやってもいい……」
領主様は神妙な面持ちで告げた。
条件付き……。とんでもない条件だったらどうしよう。
「い、いいんですか!?」
「他でもないガルが嘘ではないというんだ」
ガルファさんの断言は表情やしぐさから読み取ったのか、はたまた特殊なスキルや魔法によるものか。
よくわからないがラッキーだ。これを逃すわけにはいかない。
「……条件を教えてください」
領主様言うことだ。
どんな条件を出されてもおかしくはないが、殺人や拷問でない限り受諾する予定だ。
「言いたくないならいいが、竜の巣の奥の未開の地について詳しく教えてくれ。包み隠さず全てだ」
「……え?」
俺の表情筋は驚きすぎたあまり完全に固まってしまった。
「早くしろ。まさか言えないのか? ならこの取引は——」
領主様がニヤリと笑いながら言うが、俺は全力で割り込んだ。
「——言います! 言います! 全部言います!」
俺はそこには空が見えないほどの深い霧に包まれた大地が広がり、何の変哲もない草原と小さい山だけがあったこと。
モンスターは一体も出なかったこと。
気候の変化を感じなかったことなどを伝えた。
俺からすればどうでもいいことなのだが、領主様とガルファさんからしたら興味深いようで、真剣な表情で静かに聞いていた。
「ふむ……竜の巣の奥にはそんな大地が広がっているのか」
「竜の巣に現れたドラゴンを倒すことができれば、そこに行くことも可能かもしれませんね」
二人とも考え込むような表情だった。
「領主様……。こんな情報で本当に屋敷を頂いても良いのでしょうか?」
これで屋敷を頂けるなんて申し訳ない。
「この情報を知っている分、人よりも優位に立つことができる。さらに、竜の巣を超えたタケルはそれほど強いということ。これはほんの先行投資にすぎないのだ」
見た目は違くとも、考え方はルークと同じだった。
やはり親子だな。
「本当にありがとうございます!」
「うむ。確かこの辺に……おっ、あったあった。受け取れ、屋敷の鍵と地図だ。今日から住んでいい。野宿は辛いからな」
領主様は窓際にあった巨大なテーブルに向かうと、八つほどある引き出しの中をゴソゴソと漁り、その中から鍵と地図を取り出し、俺に投げ渡してきた。
「タケル。何か質問はあるか? ワシからも答えよう」
実はずっと聞きたいことがあった。
「お二人はどういったご関係ですか? 見たところ相当長い付き合いですよね?」
ただの領主と商人にしては体が出来すぎているのだ。
肩も張り、背中も広く、腕はゴツゴツしていた。
「儂とガルは若い頃は冒険者をしていたんだ。冒険者をやめてから二十年は経つか?」
「大体二十年です。あっという間に年をとってしまいましたね」
二人とも前職は冒険者だったのか。
それならその体つきも納得だな。
「質問をしてくれたのは嬉しいんだが、顔のわくわくが抑えられておらんぞ?」
領主様は、俺の目を見て楽しげに笑いながら言った。
「あ、す、すみません」
「気にするな。それと、もう行って構わん。今日から屋敷はタケルのものだ」
そして、いつの間にか名前を覚えてもらっていた。
「では、失礼します。本当にありがとうございました!」
「……息子をよろしくな」
去り際に、領主様は感慨深いといったような表情でポツリと口にした
「はい! それでは、失礼します!」
俺はこちらに優しく手を振るガルファさんと照れ隠しなのか窓の外を眺める領主様に深く礼をし、部屋を後にした。
よし! 早速、アンとシフォンを誘って我が家に向かおう!
俺は建物から飛び出して、真っ先にギルドへ向かった。
屋敷の前にあるガルファさんの馬車を見て思い出したが、商人なのに護衛をつけていなかったのも、元冒険者として腕に自信があるからなのだろう。
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