step14.リグレット(4)

 時間を確認するため鞄の中のスマートフォンを覗くと、アコからメッセージが届いていた。いつものように「お疲れさま」と「またデートしようね」という誘い文句だ。既読スルーが常態なのでこのときにもそうする。


「アコちゃんでしょ?」

 尋ねられ、曖昧に頷くと、酔っぱらっている風だった三咲は急に視線を鋭くした。

「その子のことはどうするのさ?」

「どうって……同じだよ」

「同じって? ことちゃんと?」

「そりゃあ」

「あんたもバカだね」

 今夜何回目の「バカ」だよ。

「アコちゃんはことちゃんと同じようにはいかないよ。わかってるくせに」

 そりゃあ、骨身に染みてわかってる。由基はため息をこらえて軟骨をかみ砕いた。





 製造スタッフの募集をかけると、やって来たのは調理専門学校に通う男子学生だった。今まで男性スタッフを雇ったことはない。が、まっさきに面接に来てくれたのだから採用してみることにした。


 専門の勉強をしているからといってチェーンの洋菓子店の流れ作業に順応できるとは限らない。合わずに本人が音を上げるようならまた募集をかければいい。そのつもりで琴美も余裕を持って申告してくれたのだろうから。

 その琴美の丁寧な指導が良かったのか、本人が元から要領が良いのか、十九歳になったばかりだという新人君はすぐに店舗の仕事に慣れてくれた。


「わたしはもう用無しですね」

 自嘲的なことを言いつつも琴美は先生役を楽しんでいるようでもあり、若者同士で仲良く並んで作業している様子を見ていると、由基の方が置いてけぼりにされたような寂しさを覚えてしまう。琴美が吐露していた痛みを自分が味わってしまっているわけで、「バカね」と三咲の声が頭の中でこだましたりする。


 そんなこんなでやり過ごしたバレンタインの翌日、仕事帰りに琴美と会った。

「やっぱり。渡しておきたくて」

 駅前通りの街灯の下、チョコレートの代わりだというケークサレの包みを差し出され、由基は迷った。

「深い意味はないです。今までお世話になったお礼と、ケジメのつもりです」

 すっきりと心の整理がついたような琴美の笑顔に、やっぱりこっちの方が置いて行かれるみたいな心地になりながら由基はプレゼントを受け取った。


「わたし、初めてだったんです。ちゃんと人を好きになったのも、ちゃんと告白したのも、ちゃんと失恋したのも」

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