step8.セカンド(5)

「あの……」

 駅前ロータリーへの横断歩道を渡り、交差点で改札へと向かう人波から外れ駐車場脇の歩道へと進んだところで、琴美はまた改まった口調で由基を呼んだ。

「昼間、お礼は何がいいかって訊いてくれたじゃないですか?」

「うん。何かある?」

「あの、まだ先の話なんですけど。十一月なんですけど。私の学校の学祭、来てくれませんか?」

「え、ことちゃんの大学?」

 思わぬリクエストに由基は怯む。いったい何故?


「うちの学部で、バル喫茶をやることになってるんです」

「バル、スペインの?」

「はい。スペインの居酒屋風の軽食とか、あとはカタラーナとか、スイーツも作ろうって。それでスイーツはわたしが担当する予定で」

「あー、なるほど」

 琴美はまた恥ずかしそうに笑って目を伏せた。


「これも今のバイトのおかげです。それで有志メンバーに誘ってもらって。でもちょっと自信がなかったんです。でも、今日のことがあって、そっちも頑張れるかもって」

「うん、大丈夫だよ。ことちゃんなら。お菓子作りってさ、レシピを守ることが大事なんだし、ことちゃんなら上手に作れるよ」

「じゃあ、食べに来てくれますか……」

「実際にはシフトと相談になるだろうけど」

「あ、そうですよね。わたしはその日はバイトの方には行けないわけだから。やだ、そんなことも気づかないで。すみません」

 真っ赤になった自分の頬を両手で挟んで琴美は謝る。

「ううん。興味あるし、行く方向で考えるから」

「ありがとうございます」


 頬を紅潮させて俯いたまま、琴美は消え入りそうな声でつぶやく。この雰囲気。やばいかな、と由基はまた思う。心臓から喉の辺りがさわさわしてしまう。


「お母さん、もう来るかな……」

「あ、来ました」

 交差点を直進して来た白いアクアがふたりの傍らを減速しながら通りすぎハザードを出して路肩に停車した。

「それじゃあ、お疲れさまでした」

「うん、お疲れ」

 慌てて駆け寄り車に乗り込む琴美を由基はその場に突っ立って見送った。ハザードが二三回ちかちかしてアクアは遠ざかっていく。


 由基はほっと息をついて愛車を駐車してあるパーキング内に行こうと踵を返す。と、スラックスのポケットの中でスマートフォンが震えた。

 取り出して画面を見ると、アコからのラインの着信通知だった。画像を送って寄越したようだ。アコとのトーク画面を開く。直後、由基はヒッと声が出そうになり、なんとかこらえた。


 画像には、今しがたこの場所で、微笑み合いながら話している由基と琴美の姿が写っていた……。

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