step4.デート(5)

 バスを降りてすぐに昼食はどうするかとアコに尋ねられた。アコは朝ごはんが遅かったからあまりお腹は空いていないが少しなら食べられると言う。寝不足と疲労で由基も空腹を感じなかったので食事はせずに移動水族館が来ている催し物広場にまっすぐ向かうことになった。


 アコはしきりに手を繋ぎたがったが、由基は「よしなさい」と腕組をしてガードした。


 巨大なショッピングモールの正面側、小さな子どもたちが遊べるように複合遊具が置いてある広場の一画、普段は何もないその場所に、水槽がいくつも並んでいるエリアができあがっていた。奥には荷台に大きな水槽を搭載したトラックが駐車していて、その水槽の中を色とりどりの熱帯魚が泳いでいるのが遠目にもわかった。

 賑わいにテンションが上がったのかアコは由基のポロシャツの裾をぐいぐい引っ張って小走りになる。走るのは勘弁してくれと思いつつ由基も仕方なく早足になって会場に近づいた。


 手前のふれあいができるタッチプールにはヒトデやナマコ、イシダイやメバルがいるらしかった。クラゲの水槽やカニの水槽もある。そして驚くことに、人垣が連なっている向こうのビニールプールにはペンギンがいるらしかった。

「ええ、ペンギン見たーい」

 めいっぱい背伸びしたところで見えはしない。アコはむーっと眉を寄せる。

「とりあえず、トラックの方に行かないか」

 促すと彼女は由基のポロシャツを握ったままついて来る。皺になるし伸びそうだからやめてほしい。


 南国の海をそのまま切り取ったような大水槽の前には人は少なかった。トラックの車高の分があるから水槽を見上げる形になる。荷台のアルミバンは両サイドから上部へと開くウィングボディで前後左右に視界を遮るものが何もなく、水槽を明るく開放的に眺めることができた。


 斜めに差し込んだ太陽の光がわずかに揺らぐ水面の影を作り、透けて見える水の色は抜けるようなブルーで、踊りまわる白い水泡が美しかった。ラインの画像で見た広告の水のイメージ。涼し気な夏そのもの。ジュレのイメージにぴったりな気がする。

 ただ透明なだけではダメだ、水泡の清涼感が欲しい。ならばクラッシュにして……うーん、手間がかかるだろうか。などと仕事脳になっている由基のそばからいつの間にか離れたアコは、荷台のアオリを使って設置された足場へと上っていた。


「わあ、ヨッシー。きれいだよ。おさかなカワイイ」

 子どもみたいな感想だ。苦笑しながら見上げた由基の眼の先でアコのキュロットの裾がひらひらしていた。覗き込めば奥まで見えそう。脊髄反射で首を傾けそうになって思い留まる。傍から見たら痴漢じゃないか。


「ヨッシーも上がってきなよ」

 呼ばれてステップの方へ足を向けようとしたとき、視界がくらりとぼやけた。由基の意識とは関係なく体が斜めになる。


「あぶない」

 甲高いアコの声に反応して足を踏ん張る。半透明な青い水槽。黄色や青や橙色の魚たち。驚いたアコの顔。それらがぼやけて見える。やばい、と思っていると素早く足場から下りてきたアコが寄り添って由基の身体を支えてくれた。

「ヨッシー。少しだけ頑張って歩いて。すぐそこ、ベンチがあるから」

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