step4.デート(3)

「じゃあ、今も子猫は店長のおうちに?」

「そう。さっき昼休憩のときに家に戻って様子を見てミルクもあげてきた」

「ええ、そんなんじゃ休憩にならないじゃないですか」

 帽子とマスクの間の琴美の目が心配そうに潤む。

「うん。まあ、大丈夫」

 タルト台の上に盛りつけたフルーツにCTW(コーティングゼリー)を塗りながら由基は頷いたが大丈夫ではない。


「もう、代わりますから。店長は事務所に行ってください」

 由基の手から刷毛を取り上げて琴美が言ってくれたが。

「書類仕事なんかやってたら船漕いじゃいそうでさ」

「少しくらいいいじゃないですか」

「そういうわけにも」


 手早くCTWを塗り終えトレイにフルーツタルトを並べて売り場に持っていってから、琴美は足早に製造室に戻ってきた。

「その猫ちゃん、飼うわけではないんですよね」

「うちアパートだし、今だって大家に見つからないかとひやひやしてるくらいで」

「ですよね。里親を探すのでしたら、心当たりが」

「ほんと?」


「うちの母のお友だちが捨て猫の保護と里親探しのボランティアをやってるんです」

「へえ。偉いなあ」

「早く引き取った方がいいですよね。今夜母に話すので、明日の朝出勤前に駐車場で待ち合わせでどうですか? わたし、母に車で送ってもらうので入れ替わりに猫ちゃんを連れていってもらう形で」

「いいの? 面倒かけるな」

「大丈夫です」


 こうして翌朝、子猫を引き取ってもらうことができたのだが。たった二晩だけとはいえ手塩にかけた子猫と別れるのは少し寂しかった。


 琴美の母親は、娘と面差しがそっくりな清楚で上品なマダムで、由基はしきりに恐縮しながら余った粉ミルクなどと一緒に子猫を引き渡した。


「娘がお世話になっております」

「いやいや。琴美さんは優秀で僕も助かってます」

「世間知らずな箱入り娘で、本当にお役に立てているのやら……」

「お母さん! これから出勤なんだからいつまでも引き留めないで」

 琴美が怒って大きな声を出しているのが由基には新鮮だったのだが、ふたりで店に向かって歩き始めてすぐに琴美は「すみません」と小さな声で謝ってきた。

「朝からお騒がせして」

「へ。何が?」

「あんな、大きな声を出したりして」

 いやいや。あんなの騒いだうちに入らないだろう。それを言ったら某JKなどどうなるのだろう。


「そうだ」

 思わず由基は声に出してしまう。今日の午後、いよいよアコとデートなのだ。

「店長は今日はお昼までなんですよね」

 由基の声をシフトの確認だと勘違いしたのか、琴美が話を合わせてくる。

「う、うん」

「昨日の夜もあまり眠れてないんじゃないですか?」

「そうなんだよね」

「製造はわたし一人でやれますから。店長は店長のお仕事を早くすませて早上がりしちゃってくださいね」


 気遣いがとてもありがたい。実は午後には女子高生とデートの約束があるのだと知ったら琴美はどんな顔をするだろう。由基は一層さわさわと胃の辺りが落ち着かなくなった。

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