第21話 予兆

 おかしい……。


 リビングに戻ってきてからというもの、涼風がいきなり俺に甘えてきていた。


「け、謙人くん!隣に座ってもいいですか……?」


 俺がリビングに戻ってソファーに座ると、涼風がそう尋ねてきた。別に困るようなことはなかったから承諾すると、涼風は嬉しそうに俺のそばに座った。それだけならよかったのだが、なんと彼女は俺にもたれかかって腕を絡ませてきたのだった。


「へっ⁉す、涼風、いきなりどうしたの?」


 見ると、涼風の顔は真っ赤だった。


「わ、私はこうしていたいんです……!謙人くんはやですか……?」


 聞いた俺がバカでした。なにこれ。めっちゃ可愛い……!


「いいよ。俺もこうしてたいかも」


 もう俺は自分で考えて話す事を諦め、完全にその時に思ったことをそのまま喋っていた。


「あ、ありがとうございます。嬉しいです……!」


 涼風も頬を赤らめながらも、顔をほころばせていた。


「二人ともお熱いわねぇ~。私たち、お邪魔かしら?」


 しまった。完全にこの人たちがいること忘れてた……。


 恐る恐る二人のほうに顔を向けると、なぜか二人ともにこやかだった。


 先に義治さんに話しておいてよかったぁ……。これ、言わずにこんなことしてたら俺殺されてたよね?


「す、すみません!お二人がいること、すっかり忘れてました……」


「まぁ!二人だけの世界の真っ最中だったのね!邪魔してごめんなさいね?」


 なんか、余計なこと言ったかな?


「いえ、邪魔なんてとんでもないです!……あ、もうこんな時間だったんですね!僕はそろそろお暇させてもらいますね」


 流石にこれ以上は家族の時間を邪魔するわけにはいかない。


「え……。もう帰っちゃうんですか、謙人くん?」


「そうよ~、涼風も寂しがってるんだし、もう少しいてあげたら?」


 俺、もう決定権ないよね?義治さんはどうか分からないけど、ここで帰っちゃったら俺完全に悪者扱いされるよね?……わかりましたよ、もう少しいますよ……


「じゃあ、もう少しいさせてもらいます……」


 そう言った時の涼風の表情と言ったら、もう張り裂けんばかりの笑みだった。


 こんなに俺の前でぐいぐい来てるんだし、本当に義治さんの言ってたこと当たってるんじゃない?


 そう思いながら義治さんに目を向けると、彼は大きく頷いた。


 ん?どういう意味?……まあ、いいか。


 結局その後三十分ほど居座り、ようやくもう遅いから帰ったほうが良いと言ってくれた。


 いや、涼風と一緒にいるのは楽しいよ?でも、二人きりじゃないっていうのがねぇ?

 どうしても緊張しちゃうじゃない!……涼風はそうでもないみたいだけど。


「別に泊まっていってもいいのよ?」


 ここ、亜紀さんの家じゃないよね?厳密にいえば。


「遠慮しときます。涼風とはそういう仲でもないので」


「じゃあ、いつそういう仲になるのかしらねぇ?」


 亜紀さんは楽しそうに聞いた。


「どうでしょうねぇ?」


 もう、いちいちごまかすのも面倒くさくなってきて、否定しなかった。


「今日はありがとうございました。また会えるのを楽しみにしています」


「謙人くん、本当にありがとう……!このお礼はいつかまた」


「私からも、涼風の事からいろいろとありがとね。……涼風、下まで送っていってあげたら?」


「はい!」


 もう外は暗いから、別にいいんだけどなぁ……。まぁ、いまさら言っても無駄そうだな。


 俺たちはエレベーターで一階まで下りた。


「謙人くん、本当にありがとうございました!お父さんたちに話したら、気持ちが楽になりました」


「そうか、俺も安心したよ。学校の事も、これから色々とご両親から聞くと思うけど、なにも心配しなくて大丈夫だからな?俺もついてるから」


「謙人くんがいてくれるなら、とっても心強いです!……あの、ずっと気になってたんですけど、謙人くんの……す、好きな人って、誰なんですか?」


 おいおい!その質問は予想外だ!……内緒っていうのも印象悪いよな?かといって、今はまだ伝えられないし……


「二週間後にはきっと教えるよ。だから、それまで待ってくれる?」


 これもう、ぎりぎりアウトじゃない?


「え、そ、それって……!」


 はい、逃げま~す。


「ま、またな、涼風。また連絡するから!」


 駆け足で俺は家にむかって帰った。そんな風に、飛ぶように帰った俺であったから、去り際に涼風が、「私も……」と小さくささやいていたことは知る由もないのである。

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