第19話 決意
「さて、謙人くん。君に頼みがあるんだけど、いいかな?」
部屋に入ってすぐに義治さんが話を切り出した。
「頼み……ですか?」
正直、嫌な予感がした。
「なに、そんなに警戒することはない。話というのは、涼風の事だ。ずっと考えていたんだが、やはりあの子は心に相当傷を負ったと思うんだ。だから、転校させようと思う」
転校……、ってことは、涼風とはもう……
悲観に暮れる俺とは対照的に、義治さんは落ち着いた表情で話を続けた。
「でも、すぐにというわけにはいかないから、転校は夏休み明けになると思う。その間、出来るだけ涼風に寄り添ってやっててくれないか?君は関係ないと分かっていながら、本当に申し訳ない。本当なら、親の僕たちが側にいてやらなければいけないんだろうが、仕事が忙しくてね……」
夏休みという期間は、心の整理をするのにも丁度よいタイミングかもしれない。
「わざわざ頼まれなくても、夏休みは用事がない時は涼風と一緒にいようと思ってましたよ。……それに、転校するなら色々とお別れを言うための時間も必要ですし」
それを聞いて、義治さんはなぜかぽかんと口を開けた。
「えっ?お別れって、涼風の転校先は、国風学園だよ?謙人くんと同じ学校」
は?今なんて言った?
「涼風だって、周りが知らない人だらけのところにいきなり転校するのは嫌だろう。でも国風学園なら、ここから近いから引っ越しの心配もないし、なにより、謙人くんがいるから心配ないだろう」
「本当ですか……!やった!」
本当にうれしかった。これからは毎日涼風と一緒に学校まで行けるのだ。嬉しすぎて、叫びそうになってしまった。
「その喜びようだと、さっきの話が本当のように思えるぞ?幸い、ここには僕しかいないし、僕は誰にも言いふらすようなことはしない。実際どうなのか、話してくれないか?」
ここで逃げても、印象が悪くなるだけだろう。俺は正直に話すことにした。
「おっしゃる通り、俺は涼風のことが好きです。友達としてではなく、一人の女の子として好きなんです……」
「そうか……。いつから好きになったんだ?」
義治さんは穏やかな表情を浮かべていた。
「最初は、どこかそっけない女の子だと思ってました。それこそ初対面の時なんかは怖いとさえ感じましたね……。でも、涼風と関わるようになって、内面的なものがどんどん見えてきたんです。意外とおっちょこちょいなところ、太陽の様に明るく笑うところ、人に気を配れるところ、甘えん坊なところ……。そういう彼女の本当の姿を見たときに、とても好ましく思えたんです。……だから、いつからという明確な線引きはできません。気づいたら、涼風のことが、好きで、愛おしくてたまらなくなっていました」
色々と喋ったが、めちゃくちゃ恥ずかしい。顔が真っ赤になっていくのが手に取るようにわかる。
「そうか……、君は本当にまっすぐな人間だな。僕も謙人くんなら喜んで涼風を差し出せるよ。……で、なにか行動には移さないのかい?」
お父さんから先に許しをもらえることなんてあるのか?まだ付き合ってすらないんだよ?
「行動したいとは、今までに幾度となく思ってきました。涼風に気持ちを伝えたい。自分が想っている全てを打ち明けたい。……でも、出来ないんです。頭の中に、告白という言葉が浮かぶと、恐怖が止まらなくなるんです。またああなったらどうしようって。……ほんとうに僕は弱虫なんですよ。ほんの少し勇気があれば、もっとうまくいってるかもしれないのに。ほんの少し勇気があれば、涼風を守れたのかもしれないのに……」
そもそも、こんな思考になってしまっている時点で、俺の心は弱いんだろう。
「何言ってるんだ。君は涼風を守ってくれたじゃないか!謙人くんがいなかったら、きっと今も涼風は誰にも言うことなく、一人で抱えていただけだったかもしれないんだぞ?」
こんな自分を認めてくれている。涙が出そうになった。
「……実は、夏休みに中学校の同窓会があるんです。そこで、決着をつけてこようと思っています。過去を乗り越えて、涼風の方へと一歩踏み出すためにも。結果はどうであったとしても、とにかく自分の気持ちにもう蓋をしたくないんです!」
「あぁ、そうしなさい。君ならきっと乗り越えられる。人の悲しみや痛みが分かる人間は、人一倍心が強いんだよ。だって、そうじゃなければ人の悲しみなんて、受け止められないだろう。だから、もっと自信持って!」
本当にいい人たちだ。この人たちを裏切らないようにするためにも、もう臆病にはなっていられないな!
「ありがとうございます!俺、がんばります!」
「そうだ!謙人くんならきっと大丈夫だよ!……もし全てがうまくいったら、家においでよ。そのときは盛大にもてなそうではないか!もちろん、娘の未来の旦那さんとしてね?」
この人、意外とガンガン来るタイプなんだなぁ……。そもそも、まだ付き合ってすらないんだけどなぁ……。
「あ、あの、まだ付き合ってもいないんですよ?それに、もし失敗してしまったら、もう義治さんたちとも会えないじゃないですか……」
「謙人くん、これはあくまでも僕が見た限りの話だけど、涼風は君に恋してるよ。涼風が君を見ているときの目は、完全に恋する女の子の目だった。だから、そんなにおろおろすることはない!」
そうは言ってくれるけど、あんまり楽観視はできないよな……。まぁ、そんなことでいくら悩んでも、涼風の気持ちが分かるわけでもないよな。
「そうなんですか!……ちょっとだけ気持ちが楽になりました」
よし!まずは同窓会で決着をつけないとな!
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