170 本来の姿

 青髪のメルーシュに短剣を突き付けられたクラウは、怯える様子もなくピンと背を伸ばして聖剣を腰に収めた。

 さやからこぼれた赤い光が弾けて、彼自身をまとっていた暴走の色も沈み込むように薄れていった。変化後しばらくその色を残していたメルーシュとは違うらしい。


「僕の勝ちだね」


 黒髪に戻ったクラウの勝利宣言に釈然しゃくぜんとしないのは、俺だけではなかった。

 ワイズマンは短剣を構えたまま、「どうしてそう思うんです?」と困惑する。

 「気付いていないんですか?」と口角を引き上げて、クラウは黒い目でヤツを足元から見上げていった。


「ユースケさん、ワイズマンを良く見て下さい」


 患部に手を当てたまま片方の腕を俺の脇に滑らせて、リトがそっと俺の頭を黒タイツの足から持ち上げた。全身に鈍痛が響くが、さっきより人間らしく扱われている気がする。ましてや彼女に抱きかかえられる感触にドキドキしながら、俺は平然を装ってワイズマンへ目を凝らした。


「何を言いたいんですか?」


 呟いたワイズマンの声が、元の渋い声に戻っていることに気付いて、俺は「あっ」と声を出してしまう。

 俺の位置からワイズマンの顔は見えないが、さっきまでメルと同じウェーブのかかっていた青い髪が、ピンとまっすぐに伸びていたのだ。服もカーボ印のワンピースではなく元老院に似た着物で、華奢だった体型も数回り大きくなっている。


 あれは誰だと首を傾げる俺に答えをくれるように、クラウがワイズマンの胸元を掌でポンと叩いた。


「僕の勝ちだろう? 貴方はもう元の姿に戻っているんだから」

「あ……」


 クラウの手元に顔を落として、ワイズマンはようやく理解したらしい。力を失った手から短剣がこぼれて、地面に高い音を鳴らした。


 もう彼はメルーシュでもクラウでもなかった。

 振り向いた顔はドラゴンとも違う、初めて目にする男のものだ。クラウよりも少し年上だうか。


「ワイズマン、貴方は僕たちに隠し事をしている。相手を取り込むのは獣師の能力じゃないだろ? そんな力を使えるのが貴方しかいないせいで誰も気付きはしなかったけど、ティオナに昔聞いた話を思い出してね。貴方は他人を取り込んで姿形すがたかたちの情報を得ることができるけど、今のように限られた時間でしかない。ドラゴンの姿だって、一時いっときのことだったんでしょう?」


「えっ、それってどういうこと?」


 俺は頭をひねらせてリトに尋ねると、彼女は「そういうことですよ」と笑顔を見せるだけで説明はしてくれなかった。


「取り込んでいる時は相手の目の色をしているけど、変身しているだけの時は貴方あなたの目の色のままだ。今の姿が貴方の本来の姿なんじゃないですか?」

「そういうことか!」


 それで俺は納得することができた。


「だから最初に温泉で見たクラウは目が黒くて、ここでは青だったのか」


 ドラゴンの目も青かったのは、それがワイズマンの変身によるものだったからということ。彼が言った『元の姿』というのは、ドラゴンではなくワイズマン本来の姿ということだったらしい。

 中央廟ちゅうおうびょうから逃げたワイズマンをすぐに見つけられなかったのは、そのせいなのかもしれない。


「けど、ワイズマンはドラゴンを取り込むことで不老不死を得たんじゃなかったっけ?」

 

 そんな俺の疑問に耳を貸して、クラウが俺に突然質問を投げかけた。


「同じタイプの人間がもう一人いるだろう? ユースケは誰だかわかるか?」

「えっ? 同じ……って。あ……」


 もしやという人物が頭によぎった。俺が少し前に疑問に思ったことだ。


「ティオナ様か!」


 彼女の髪はワイズマンと同じ青色だ。彼女はいつも若い姿を俺に見せていたが、実際は「ババア」だとゼストが言っている。


「流石です、ユースケさん」


 パチパチと横で拍手するリトの手が俺を離れて、突然痛みが患部を襲った。


「痛ぇっ!!」


 ぐっと背を丸めた俺に、「ああっ、ごめんなさい」と軽く謝りながら再び手を戻す。その華奢な手にどれだけのパワーを秘めているか分からないが、痛みはスゥと消えていった。

 俺はそんなリトを上目遣いに覗き込む。


「アンタは知ってたのか? ワイズマンが本来あの姿だって」


 リトは「いいえ」と首を振った。


「ワイズマンのあの青い髪を見たら、似てるなぁって思ったんです。そしたらおのずと答えは出るでしょう?」

「そういうことか」


 観念した様子のワイズマンは、押し黙ったまま浅く相槌あいづちを打っていたが、静かに苦笑して「そうですね」と答えた。


「300年前のあの時すでに老体だったドラゴンは、とっくに寿命を全うして、この山の底に眠っています。代わりに私がドラゴンを装ってこの世界に生きていることを周知させれば、戦いへの抑止力になると考えていました。この結果がこの国にとって良いのかどうかは私には分からない。けど、一度言ったことを取り消そうなんて思いませんし、この国の為に尽くしていただきたい」

「なぁに、唐変木とうへんぼくなことを抜かしてるんだい」


 しんみりと告げたワイズマンの言葉を一掃して、甲高い女子の声が響いた。

 胸元を一本の太い白のリボンで隠しただけの、節操極まりない破廉恥衣装で突然そこに現れたのは、青髪のティオナ本人だった。

 良く見ると、外野側のメルの周りにゼストや他のメンバーも集まっている。

 どうやらふもとでのモンスターとの戦闘は終わったらしい。


「アンタのお陰でこの国は300年まぁまぁ平和だったよ」

「ティオナですか? お久しぶりですね」


 急に感動の再会シーンになってしまった。

 若くないとは聞いていたが、ティオナもこんな姿で300歳を超えているというのか。この国で出会った女子の中で、一番『異世界嫁』らしい風貌の青髪美少女だというのに。

 

 ティオナと目の色は違えど、うり二つの髪が並んでいるのを見るだけで、二人が同じだという事に説明はいらなかった。


「ティオナ様の長命は特殊だと聞いていたけれど、彼も同じだったんですね」


 何故か感慨深く目を潤ませるリト。

 ティオナはワイズマンの横に立って、そっと彼の背中を叩いた。


「さぁ、もう覚悟を決めて言ってやりな」


 ニヤリと笑ったティオナにワイズマンは一瞬不満そうな顔を浮かべるが、やがて「あぁ」とクラウに向き直ってうなずいたのだ。


「認めますよ。貴方をこの国の魔王に」

「ありがとう。本当に間に合って良かった。暴走しても理性が残っていた僕に、貴方は殺せなかったからね」


 ワイズマンが元の姿に戻るまで。最後まで逃げたクラウは、やっぱりそういう奴だったらしい。


「クラウ」


 涙いっぱいにメルが魔王に駆け寄っていく。

 その姿を見た俺は少し寂しいと思ったけれど、心のどこかでホッとしていた。

 笑顔で抱き留めるクラウに俺まで泣きそうになってしまう。


「ユースケぇぇええ!!」


 彼女の代わりではないけれど、大泣きしたヒルドがこっちに向かって突撃してきた。

 その涙の意味がメルとは違う事を悟って、俺は急に現実に引き戻された気がした。


 戦いが終わったら。

 俺に待ち構えるのは、この世界との別れだという事だ。

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