131 炎の色は

 台座に突き刺さったままビクリとも動かない聖剣に、「あぁやっぱり」という、絶望の入り混じった空気が漂う。

 再び聖剣に挑もうとするクラウの背中へ向けられたのは、失望感を込めた視線だ。


 結果を経て美緒に狙いを定めようとしたハイドに対し、剣を抜こうとするゼスト。元老院の男たちがハイドの前に横並びになって、ゼストの動きを塞いだ。

 人数は五人。一対五の無謀むぼう対峙たいじを横目に、ミーシャがぼうっとする美緒の手を引いて、部屋の隅へと移動した。


「祭の最中に、物騒ですぞ」


 淡々と言うハイドに俺は「どっちがだよ!」と叫んでしまうが、ゼストは黙って彼を睨みつけている。

 マーテルとリトはそんな男たちを気にも留めず、再び聖剣と向き合うクラウを見守った。


「全員、鎮まりなさい。ここでお前たちが戦ってどうする」


 ハイドは怪訝けげんな顔をクラウに送り、「どうされるというのですか?」と問う。

 元老院の男たちはあっさりと彼に従い、構えを解いて再びクラウに向いた。

 「どうなってんだ」と困惑するゼストは、抜きかけた剣をさやに戻した。


「三度目で抜けぬというならば、王になりきれていないと認めざるを得ません。聖剣の意思を受け止めて、過去の断絶を」

「させないからな!」


 わめくように叫ぶクラウ。


「ちょっと、待てよ。過去の断絶って……美緒をどうするんだよ」


 慌てて俺は声を挟んだ。クラウの過去といえば、保管者の美緒の事になる。その為に美緒が連れ去られたことは俺だって気付いている。

 取り乱す俺に、クラウはもう一度声を張り上げた。


「だから、させない! ミオを殺させない! 抜けばいいんだろう? 聖剣を!」


 クラウの勢いに、空気が揺らいだ気がした。

 ハイドが急に困惑して「クラウ様?」と声を掛ける。


「青い光は、未熟な印だ」


 ゼストがクラウに視線を固めたまま、小声で俺に説明していく。

 俺はミーシャの力で身体をぴんと硬直させられたまま、耳を傾けた。


「俺も初めて見るから、ティオナや爺さんの反応が一番正しいんだろうよ」


 かつて聖剣に挑んだのは、歴代の魔王だけでないことをゼストはそっと教えてくれた。


「けど、魔王以外は抜けなかった」


 主を求めて聖剣が発する光は、聖剣自身の意思だという。

 未熟な青は拒絶の色。

 白は惑い。

 

「じゃあ、聖剣が抜ける時は何色の光を放つと思う?」

「赤……か?」


 『剣と魔王』というフレーズに、俺を襲った緋色の魔女を思い出す。

 ゼストは「そうだ」と肯定して、今クラウの手に包まれている光を凝視した。


「赤色は魔王の証だ」


 今の色は白だけれど、徐々に青みが混じっていく。

 それが気のせいであってほしいと思うのも束の間、はっきりと光は濃い青へと変わった。

 「ツゥ」とクラウから悲痛の声が漏れる。


「何なんだよ……」


 聖剣を握りしめたまま、身を縮めて吐き出す叫び。

 クラウの暴言なんて初めて聞いたかもしれない。


「クラウ様! もうやめてください!」


 リトの声だった。

 見えない力で聖剣に拒絶されるクラウは、きっと立っている事さえままならないのかもしれない。フラリと何度も傾く姿勢と繰り返す瞬きに、治癒師の彼女でなくてもその限界を見て取ることができた。

 それをここにいる誰もが、あえて見守っている。


 光は青を示し、聖剣が抜ける気配はない。

 けれど、クラウは聖剣に込めた両手を放そうとはしなかった。


 そして。


「まさか。クラウ様、おやめください!」


 一瞬早く叫んだハイドの声に、光が強い青を示した次の瞬間--光は彼を包み込むほどに膨れて、ゆらぐ炎のような赤色に変化したのだ。


「えっ……」


 その色に、俺は言葉を失った。

 ズズズと土をり上げる音が響いて、鋭い切っ先が姿を現す。

 

 沈黙が起きた。

 抜けたんだと感極まる場面ではなかった。

 ハイドが息を詰まらせて、「クラウ様」と呼んだ声が恐怖に震えていた。


「それは……禁忌きんきですぞ」


 クラウの手からこぼれる赤色の炎。

 魔王クラウザーは何も言葉を発さずに、俺たちへ向けて聖剣を構える。


 クラウの髪や目は、日本人特有の黒だった筈だ。

 それなのに――結び目が解けてハラリと落ちた髪も目も、緋色の魔女と同じ色をしている。


 暴走か――?


「お前たち、地上を! 急げ!」


 狼狽ろうばいするハイドの言葉に、元老院の男たちが「はい」と答え、一斉に階段を駆け上っていった。

 残ったミーシャと美緒を一瞥いちべつして、ハイドが自分の白装束しろしょうぞくに手を掛けた。颯爽さっそうと脱いだ上着を投げると、袖のない高襟の服からその歳とは思えない筋肉隆々の腕が現れる。


「ひよっこが」


 怒号を上げる彼の怒りは、親衛隊へ向けられた。

 赤い炎に包まれたクラウが、感情のない赤い瞳で部屋を見回しニヤリと笑う。


 再び足元に衝撃が走り、俺たちはドンと突き上げられる。

 立っていられないほどの縦揺れに慌てた俺は、自分の拘束が解けていることに気付いた。

 ミーシャと美緒は壁際に避難したままだ。


 天井から小石を含んだ砂が滝のように降ってくるのは、崩れだす予兆だろうか。

 死の予感が走ってここからの脱出を試みようとするが、せっかく戻った体の自由も激しい振動にらわれてどうすることもできなかった。


「うわぁ……」


 ゼストに頭から押さえつけられて地面に伏せる。

 「死にたくない」と阿呆あほみたいに祈るだけだ。


「来る?」


 不安げなティオナの声に俺がそっと視線を上げると、ハイドとクラウが揺れをものともせずに対峙していた。


「貴方は、自分が何をしたか分かっているのか!」


 憤怒ふんぬしたハイドの声が耳をつんざくような轟音ごうおんにかき消され、バリバリと地面に走った亀裂が聖剣の台座を真っ二つに割って、部屋を二分にぶんしてしまったのだ。

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