91 彼の居た場所
『話してもいいのか?』
俺はそれを声には出さなかったけれど、さりげなく動いたクラウの口が『消すよ』と動いて、『あぁ』と
色々向こうの話を暴露して、最後にはあのおばさんのように消してしまうんだと納得するが、俺もそうやってこの世界に戻ってくるのかという恐怖心がこみ上げて、下唇をぎゅっと噛んだ。
「じゃあ、僕が話してあげるよ。その代わり、二人をちょっと寝かせてあげてもいい? 戦闘からずっと休んでないから」
「お前はいいのか? 俺は、確かに眠いけどさ」
この世界での滞在にタイムリミットがあるとはいえ、今から20時間以上起きていられる自信はなかった。
何せ、俺にとっての『今朝』は、こっちの世界へ飛んだ時に意識を失っていた時間を除けば、メルの家にマーテルが『魔王の弟が俺』だと言って迎えに来た時のことなのだ。
あれからもう数日経ってしまったような気分で、疲労感が半端ない。
「僕はさっきうたた寝させてもらったから気にしないで。こういう時に備えて普段たくさん寝てるからね」
「じゃあ今は俺が寝させてもらうぜ」
俺がそう答えると、
「じゃあ、メルちゃんは僕のベッドに寝て。ユースケさんは、リビングに大きいソファがありますよ」
「俺を追い出すなよ」
俺は宗助をギッと睨んでから、そのまま部屋の隅に転がった。
「そんなところに寝て、体痛くならないんですか?」
宗助は美少女柄のクッションをベッドから掴み取って俺に投げた。
「ヨダレつけても構いませんからね。それは観賞用で、保存用が別にあるので」
「本気かよ」
四角いクッションに掛けられたカバーの中央で微笑む少女は、俺が美緒と最後に行った本屋で読んでいたラノベ『異世界で出会った巨乳の美女が、俺の姉ちゃんかもしれない』のサブヒロインだった。今思うと、このラノベは俺の今回の転移の伏線みたいな内容だったのかもしれない。
ベッドに入ってすぐに寝息を立てたメルの足元へ移動した俺は、目を閉じたまま眠り心地でクラウの話を聞いていた。
クラウは、俺たち三人が兄弟であることも、自分が魔王であることも言わなかった。
グラニカのこと、食べ物の事。俺が知らないことばかり話しているので、なかなか眠りにつくことができない。
今回のことは、モンスターから逃げてこっちに避難したということになった。近からず遠からずだ。
宗助があまりにも大人しく、俺がこっそり様子を
「あと20時間くらいで迎えが来るはずだよ」
本当にそうであって欲しいと祈りながら、俺はようやく眠ることができた。
目覚めた時には、窓の外がすっかり夕暮れの色に染まっていた。
クラウも少し寝ていたらしく、床に座ったままメルの枕元に乗せていた頭を起こして「おはよう」と笑んだ。
「皆さんは、この後どうするんですか?」
体育座りの宗助が、読んでいた本を棚に戻して立ち上がる。
「特には決めていないけど。どうあがいたって僕たちの意志じゃ向こうの世界には戻れないから、迎えが来るまで遊ぼうか」
「遊ぶ? こっちでやることがあるんじゃないのか?」
「これは僕の気持ちの問題だからね、答えまでの距離を少しでも縮めていければいいと思ってる」
クラウはだいぶ悠長なことを言っている。そんな気持ちで聖剣を抜くことができるのだろうか。
目をこすりながら体を起こすメルを見た俺は、「じゃあ」と次のプランを提案した。
「こんな時間だけど、行きたいカフェがあってさ。川島台にある、桜って店なんだけど」
目覚めにコーヒーを連想した俺は、今まですっかり忘れていたその店の名前を思い出した。
それはチェリーの店だった。消失してしまったアイツの存在ごと店も無くなったかもしれないけれど。
その店を思い出したことは、俺にとって運命の導きだったのかもしれない。
「桜なら、俺知ってますよ? 多分、友達の兄貴の店です。でも、何で……」
「友達? 兄貴?」
チェリーはその店を経営してるような話をしていた気もする。
どんな経緯でここが交わったのかはわからないが、行かなければと心が
「俺のサッカー友達の兄貴で、店舗の二階が空いてるからたまにみんなで泊まりに行ったりしてるんですよ。適当に理由言えば、今日くらい泊めてもらえるかも。今日の宿ないんですよね? 流石にウチはまずいので、なんなら紹介しますよ?」
「いいのか?」
願ったりかなったりだ。
身分証のない俺たちが日本で一晩明かすのは思ったより難しい。夏とはいえ、メルを連れて野宿するわけにはいかないし、
「たくさん話を聞かせてもらったので」と付け加える宗助の満足そうな笑顔に、さっと影が差す。
「けど……」
「どうした?」
「お兄さんが、最近ちょっとノイローゼ気味らしくて。何でも、お兄さんの友達が失踪したらしいんですよ」
これはビンゴだろと俺は確信した。
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