62 いつもそこで見ている

「城に居る間は、この部屋を自由に使ってくれればいいからな」


 バルコニー付きの豪華な一室を与えられて素直に嬉しいと思う反面、もうメルの家には戻れないのかという寂しさが込み上げた。

 メルは何も言わずに立ち上がって、俺の隣に静かに座った。うつむいたままの彼女の髪をそっとでると、「私もここに居ようかしら」とサファイアの目を細めて笑う。


「そういうのは、クラウと直接交渉してくれ」

「だったら僕もここに住むよ。いっそのこと、ここをメル隊の詰め所にしたらどうだい?」


 「我ながら名案だ」と両手を広げるヒルド。メルも「いいわね」と賛同するが、俺は彼女だけでいいのにと思った。


 ヒルドは大きな自分の顔が描かれたキャンバスを抱えて、俺のベッドから良く見える壁に当てがった。

 「ここかな」とうっとり目を細めるヒルド。

 バラに似た赤い花に囲まれた、キメ顔のインパクトは相当なものだ。それが一枚あるだけで、最早ここが何の部屋だか分からなくなってくる。


「ここに飾る道具を持ってきてもらってもいい?」

「えぇ、私がですか?」


 嫌そうに眉をしかめるリトに、ヒルドは「お願い」と少々暑苦しい笑顔を飛ばす。もちろん喜ばれてはいない。

 大体、ヒルドはさっきまで不法侵入で彼女に縛られていたのだ。


「あっ、君が望むなら、君の部屋に飾ってくれても構わないからね?」

「結構です」


 ぴしゃりと言い放ったリトが「ちょっと借りますよ」と、しかめっ面をヒルドに向けて、「よいしょ」と絵を持ち上げた。「額を見て来るだけですからね」と念を押して部屋を出ていく。


 俺は壁に背を預けて腕を組むゼストを一瞥いちべつして、深く息を吐き出した。

 メルと、ヒルドと。順番に顔を見合わせて、俺はもう一度深呼吸する。


「助けに……来てくれたのか?」


 そんな俺の言葉に、二人が同時に眉を上げた。


 リトが言ったように、今回のことを『さらわれた』と解釈するには矛盾が多いが、俺は二人が来てくれたことが嬉しかった。

 「だって」と声を震わせたメルが俺の前にぴょんと飛び出る。


「私がユースケを守るって約束したでしょ?」


 メルの手が俺の右手をぎゅっと握り締める。


「僕たちは当然のことをしただけだよ」


 ヒルドは照れ臭そうに笑って、「僕たちは仲間なんだから」と胸を張った。

 何だか臭いセリフだなと思いながら、俺は思わず泣きそうになった。


「ありがとう」


 俺はぐっと涙をこらえて、二人にそう伝えた。

 ぱあっと笑顔を広げたメルをそっとハグすると、何故かヒルドまで俺に両手を広げた。

 この国は欧米式なのだろうか。

 日本人の俺は男との抱擁ほうように抵抗があるが、高揚こうようした気分に任せて一秒だけそれを許した。


 そんな俺たちを傍観ぼうかんしていたゼストが、壁から離れて俺の所にやって来る。


「それにしても、お前がクラウの弟だったとはな」

「先生は知らなかったんですか?」

「あぁ。範夫のりおの奴が気付いたんだぜ? まさかだよなぁ」


 酒場の帰り、俺のホクロを見たチェリーの鋭い観察眼かんさつがん


「ちょっと待って」


 俺とゼストのやり取りに、メルが驚いて声を上げた。


「ユースケがクラウ様の弟って。本当なの? だからユースケはここに連れて来られたってこと?」

 

 そういえばまだ説明していなかった。

 「あぁ」と答えるゼスト。


「俺には死んだ兄貴が居るんだけど、それがクラウだって言われた」

「すごいよ、ユースケ。そんなことがあるの? 確かに魔王は異世界の人だって聞いてはいたけど」


 ヒルドも目を丸くしている。


「俺だって驚いてるんだ。まだ、半信半疑だし」


 「すごい」とメルが手を叩くと、リトが戻って来た。

 「これでいいですかぁ?」と、抱えた絵をさっきヒルドが示していた壁に当てて見せる。


 何故か必要以上に豪華になっていた。

 さっきはカンバスのままだったが、見事な装飾のほどこされた金縁の額に収められていたのだ。

 その額に負けない圧倒的な存在感を放つヒルドの自画像に、俺は「うわぁ」とその思いを込めてひっそりと声を吐き出した。


「ちょうどぴったりのサイズがあったので」

「素晴らしいよ、可愛い人。これでユースケは寂しくないね」


 目をうるませて称賛するヒルドに、「ですね」と喜ぶリト。

 それが彼女の天然か悪意かと探れば、きっと前者のはずだ。


 もしかしたらこの二人は似た者同士なのかもしれないと、俺は密かに思った。

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