第51話「【タイマー】は、『時の神殿』の最奥に到達する」
「お兄さん、これなんだろう??」
「ん?」
レイナが不思議そうに壁を指さしているのは。壁に描かれた奇妙な文様だ。
それらは、まるで殴り描かれた様に多数壁に刻まれている。
「レイナ、あまり危ない事───……って! これは……」
え、エルフ文字?
不用心に壁に触れそうなレイナを咎めつつ、ルビンは壁の模様に気付いた。
いや。やはりそれは模様ではなく。
「これ、文字だ……」
それも、結構新しい。
どうやら、エルフ文字らしきそれは、神殿に元からあった何かのレリーフの上に刻まれていた。
何か特殊な塗料で描かれており、生々しくもドギツイ色彩をもって書きなぐられていた。
(なんでこんな所に??)
「お兄さん??」
「ちょっと待ってね……」
……えっと、
「───管理区域……。関係職員以外の侵入を禁ずる──────んん?」
なんだこりゃ??
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもないよ」
レイナに言っても理解できないだろう。彼女にも教えてもいいんだけど、いらぬ不安を与えたくない。
それよりもどういうことだ?
ここがエルフの管理地域だとは聞いていないけど……。
ルビンは、古代文字の解読と併せて、ある程度のエルフの言語も学んでいた。
貴族の嗜みという以上に、資料源としてエルフの書いたとされる書物の知識を得るためだ。
しかし、
それが故に違和感が付きまとう。
エルフというのは極端に知識の流出を嫌う。
それ以上に人前に滅多に姿を見せないのだから、こんな人間の支配地域の最奥にエルフの痕跡があること自体おかしなことだった。
だから、セリーナ嬢に聞かされていたエルフの非正規戦部隊の話がふと脳裏に浮かんでは───消えた。
(まさかな……)
いくらなんでも都合が良すぎる。
そんな偶然があるとは思えない。
「お兄さん、はやくぅ! もう、到着したみたいだよ?」
いつの間にか先行していたレイナが、しきりにルビンを呼ぶ。
危ないよ、と注意しようかと思ったが、もうここにはトラップの類はないらしい。
そして、レイナのいうとおり、どうやらギルドで聞いた通りの最奥に到着したようだ。
「ここか……」
「うん。そーみたい。おっきな扉だね~」
ほわー、と口を開けて驚いているレイナ。
彼女の視線を追うようにルビンもその扉を見上げるのだが……。
「なんだ、この扉───?」
見上げた扉は、扉というにはあまりにも異様だった。
周囲の構造物はボロボロに風化しているというのに、その扉だけはつい今しがた作られたかのように綺麗な光沢を放っていたのだ。
そして、その異様な姿といったら……。
見た目はまるで壁だ。
ツルンとした材質の扉には、継ぎ目のようなものがなく、まるで扉というよりも壁のようにもみえる。
しかし、壁というにはいかにもあからさまに周囲から浮いており、その位置関係も少し窪んだところにあるため、なんとなく扉なのだろうとわかる。
「ふーむ」
押せば開きそうな構造にも見えなくもない。
ないんだけど…………。
「えっと……。ここの調査って言われてもね」
押して開くくらい簡単なら、とっくに冒険者が発掘しているだろう。
今日に至るまで、ここが未調査なのはそれなりに理由があるはずだ。
セリーナ嬢が依頼された特殊クエストなのだが、詳細はここまで。
あとは最奥を調べてください……───とのことだが、そもそもどうやればいいのやら。
「手分けして探そう、レイナはそっちを」
「うん! わかった!」
レイナには周辺を捜索させ、取りあえずルビンは扉に張り付いたり叩いたりして何か手掛かりを探す。
扉自体に耳をつけてみた感じだと、かすかに振動しているような音がする。
(空間があるのかな……?)
ゴウンゴウンと、まるで扉が息をしているようだ。
「お兄さん……なんだか、ここ───怖い」
レイナが捜索から戻ったかと思えば、壁の方からスススと距離を取り、ルビンにヒシっと張り付いた。
「ちょっと、レイナ……。歩きにくいよ。それより、この辺を照らしてくれないか?」
「う、うん」
レイナはチラチラとダンジョン奥の方の闇を気にしながらも、持っていた魔道具でルビンの手元を照らしだす。
ダンジョン由来の明かりがあるとは言え、手元は薄暗く、自前の明かりで照らしてくれるのは非常に助かる。
「こう?」
「そうそう、手元をお願いね」
「はーい」
ルビンはしきりに暗がりを気にしている。
そのことをいぶかしく思うも、レイナが何を怖がってるのかも知らず、ただただ、調査の時間だけが過ぎていく。
───だが、未だ手掛かりはない。
「くそ……! 八方塞がりだな」
「あ、あの。お兄さん?」
その時、レイナがオズオズと話しかける。
「何?」
「あ、あれ……」
───あれ?
レイナが指さす場所。
「ん? あれって、どれ??」
それは扉から少し離れた暗がりにあった。
一見して壁に見えるのだが、周囲の構造よりも少し窪んだ箇所があるらしい。
そこには、人が一人余裕で入れる空間があったのだけど、
「───そこがどうかした?」
「う、うん……。さっき近づいた時、中から声がして……」
え?
「ど、どこ?!」
「こ、こっちだよ」
ルビンが慌てて調べると、その中には小さな箱のようなものが壁に埋め込まれていた。
しかし、レイナの言うように声なんてどこからも───。
ポォン♪
そっと箱に触れようとした時、底から軽快な音が発せられる。
その後、雑音交じりのかすれた声がジリジリと流れでてくるではないか。
「わ! なんだこれ!」
「きゃ!」
ルビンとレイナは同時にビクリと震え、二人で抱き合うように飛び上がった。
「なんんあ、なんだこれ?! 声?」
「わ、わかんない! さっきも急に光ってボソボソと声がしたの!」
声って、な、何だこれ?
『ジ……ザ、ザザ……ジ……』
んん?
これ、どこかで……。
どこかで見たような光景。
何か、一枚ガラスを通したようにくぐもった声と、軟らかい光……。
あ、
「て、転職神殿に似てるような……??」
なのクソ女神がダラダラと転がっていた水晶の奥の空間。
そこから発せられる女神の声と、水晶から溢れていた不思議な光。
それと酷似する、小さな箱。
これってもしかして──────。
「レイナ、離れてて」
「う、うん」
ルビンはレイナに退避を促す。
素直に従うレイナを横目で見つつルビンは箱に向かって手をかざした。
ルビンの考えが間違っていなければ、これは【タイマー】に反応している。
誰でもいいなら、とっくにギルドが何らかの情報を掴んでいるだろう。
だが、今日にいたるまで最奥にて何らかの情報を得られていない。
だが今日初めて新たな情報が上書きされた。
それができたのはレイナのみ。
ルビンと同じ【タイマー】のレイナが近づいて初めて反応したのだ。これは何かあるとみていい……。
そして、おそらく。
「お兄さん?」
「なにが起こるか分からない。警戒を厳にしてッ!」
ルビンの強い口調にレイナも無言で頷く。
すぅ…………。
(さて───)
短く息を吸ったルビンが箱に向かって唱えた。
時よ止まれと───……。
「タイム!」
ポーン♪
『ジ…………ジザーーーーーーーー』
ゴォン!!
「あ!」
「あ!」
ルビンとレイナが同時に声をあげる。
はたして、二人の目の前であの巨大な門が蠢きだした。
カシュー!!
カシューーーーーー!!
『ザー……ザッザッザー……!』
何か空気の抜けるような音が響いたかと思えば、突如空間がチカチカと点滅を始めた。
「うわ、なんだ?! レイナ?! 何か触った?!」
「ち、違うよ?! 何もしてないよ!!」
ワタワタと慌てる二人の耳に今度はけたたましい音が鳴り響いた。
ビーーーーー!!
ビーーーーーー!!
ビーーーーーーー!!
ゴゥゥゥゥゥゥゥウウウウウン…………。
けたたましい音とともに、
巨大な扉が動き出す。
その動きは、回転するようにしてミリミリと音を立てて壁の隙間に収納されていく──────……。
「うそ……」
「凄い……」
そして、誰も立ち入ることのできなかった『時の神殿』の最奥への通路が開かれた……。
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