戦力

「はぁ……これでいいんでしょ」


「あぁ、ありがとう」


 ルシウスは鱗を七枚受け取ると、異空間収納アイテムボックスに入れていく。


「じゃあもういいわね?」


「いや、ついでに一つ頼みがあるんだけど」


「人の鱗むしっておいてまだあるの!?」


「ひ、人聞きが悪いこと言うな! これはちゃんと納得してくれただろ!」


「命の危機を感じて仕方なく渡しただけよ!」


 うー、と唸るシルヴィラを無視してルシウスが頼みを告げる。


「そのうち大きい戦いが始まると思う。細かくはまだわからないんだけど、その時に力になってくれないか?」


「あなたでも手に負えない相手ってことよね? そんなの私がどうするのよ……」


「いや、相手は多分一人じゃないからさ。周りのやつらを頼みたいんだよ」


「足止めってことね。まぁもう何十年も何もしてなかったし、いいけれど……せめて相手くらい知りたいわね?」


「……」


「何か言ってよ!?」


 ルシウスの沈黙に言い知れない不安がシルヴィラに広がる。


「分かったって……えっとな、精霊なんだよ」


「精霊? どの精霊よ?」


「全部だよ」


 シルヴィラの思考が停止する。動かなくなったシルヴィラに近づいてぺちぺちと足を叩くルシウス。


「おーい?」


「あんたバッカじゃないの!? 精霊っていったら存在そのものが魔力の塊みたいなやつらじゃない! そんなのを全部相手にしろですって!?」


「だから全部じゃないって。その他大勢の相手を頼みたいんだよ」


「あなたは……?」


「精霊王」


 シルヴィラから離れながら、背を向けたまま答える。


「あ……あ、あなたね? 精霊王のことちゃんと知ってるの? あ、あれはね、手を出していい相手じゃないのよ。ねぇ、分かる?」


 ルシウスは悩んだ様子で頭を掻きなが「仕方ない」と呟いて魔法名を紡ぐ。


黒炎の大精霊アグニ


 前方の空間が揺らぎ、僅かに黒炎が漏れ出す。そこからひび割れが広がるように、黒炎が溢れ出す。


 そして黒炎が人の形をとり、ゆらゆらと揺らめいている。シルヴィラは--


「きゃぁああ!?」


 アグニを見て絶叫していた。


「な、な、な、何よそれ!?」


「何とは失礼だな。我は火の大精霊……いや、元大精霊アグニ=ヴェーダという」


「アグニ=ヴェーダ!? あの精霊王に次ぐ存在と言われていた!?」


「え? アグニ、お前二番手だったのか?」


「大精霊に優劣はない。強いて言えば、こと戦闘においてはそうだっただろうな」


「へぇ、それが更に成長して精霊王に匹敵するようになったのか」


「そうだ。我とルシウスなら--」


「ちょっと待って! 私をおいて話を進めないでよ! なんなの!? なんでそんな大精霊がここにいるのよ!?」


「ルシウスと契約しているからな」


「……なんですって?」


「ルシウスと契約しているからな」


「聞こえてるわよ! 誰が二回言えって言ったのよ!」


「お前だろう」


「……はぁ……それで? なんで精霊王に喧嘩なんて売ろうってのよ。復讐?」


「そんなことに興味は無い」


「じゃあ何よ?」


「精霊王にこの世界を渡さないためだ」


「どういうことよ?」


 アグニが精霊王の思惑を話しはじめる。そしてシルヴィラはそれに聞き入っていた。




「なるほどね……」


「協力してくれるか?」


 ルシウスがシルヴィラを見上げながら尋ねる。


「……協力するわ」


「おお! ありがとう!」


「放っておけば世界丸ごと終わりなんでしょ? そんなの協力するしかないじゃない」


「いやぁあんたが話の分かる竜で助かった。もしかして竜王もこんなに話し分かるやつだったりしないかな」


 シルヴィラはその言葉に目を見開く。


「ちょっとあなた、今竜王様って言った?」


「ん? あぁ、竜王もあんたみたいに話が分かるやつだといいなって」


「やめなさい!」


 絶叫するかのようにシルヴィラが叫ぶ。


「ど、どうしたんだよ?」


 竜の叫ぶような大声は、それはもうとてつもなく大きい。キーンと鳴る耳を押さえながらルシウスが聞き返した。


「あのお方は……戦闘狂よ……必ず戦いになる。あなたと竜王様が戦ったりしたら、一面が荒野になるわよ」


(とても身に覚えのある状況だな……)


「そうは言っても精霊界への鍵が多分そこにあるんだよ。行かないってわけにはいかないよ」


「……そう。なら一つだけ忠告しておくわ」


「何だ?」


「竜王様自体が目当てじゃないなら、見つからないようにしなさい。それが世界のためでもあるわ」


 ルシウスはこの先の苦労を想像し、顔をしかめる。


「はぁ……行きたくなくなってきた」


「世界が滅ぶぞ」


 アグニが冷静に現実を突きつける。


「行くよ。行くけど行きたくないって話しだよ」


「そうか」


「まぁ精霊については分かったわ。またその時に教えてちょうだい」


「あぁ、分かった。よろしくな」


「じゃあ私は谷に戻るわ」


「俺も行くよ。またな」


「できればもう会いたくないけれどね……」


 そう言ってシルヴィラが谷底へと飛んでいった。


「さて、じゃあみんなのところに戻るか」


「じゃあ我は戻るぞ」


 アグニを構成する黒炎が消えていき、少量だけ残すと、再び小さなアグニを形成した。


「なぁ、アグニの本体は今戻ったんだよな? 今意識はどうなってるんだ?」


 元の場所へと戻ったアグニと、ルシウスの肩に乗っているアグニ。その意識についてルシウスが問う。


「どちらにもある。どちらも我だ」


「ふーん……なんか俺には理解できそうに無い感覚だよ」


 理解することを諦めて、ルシウスも仲間の元へと向かうため、渓谷を南へと移動し始めた。


 空からは、刺すように太陽の光が照っている。ルシウスはこの先のことを考えながら、陛下に報告していないことを思い出した。

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