「まさかこんな強引な策に出るとは思いませんでしたよ」


 ナタージャ侯爵からの紹介状を得てグーデルベルグ城へメイドとして潜入して二日。

 初日は総メイド長から仕事の説明を受けるだけで終わり、二日目にしてダリウス付きのメイドとして仕事を開始したアイリーンとキャロラインが部屋に入るや否や、ダリウスはあきれたような顔でそう言った。


 ファーマンとバーランドはアイリーンたちよりも三日早く城へ入っており、ダリウスはすでに彼らとは顔を合わせたあとらしい。虎穴に入らずんば虎子を得ずとは言うが、本当に虎穴に入り込む人はそうそういないだろう。ダリウスがあきれるのも頷けるが、これが一番効率的だとダニーが判断したのだから、アイリーンたちはそのダニーの判断を信じている。


「まあ、城にいても何もできなかった僕が言うことではないのかもしれませんがね」


 城の中はすっかりニコラスが牛耳っているので、ダリウスとしても目立った行動はとりにくかっただろう。国王が病に倒れてからおよそ半年の間、宰相をはじめ国の中枢人物の大半が逃げ出したこの城で指揮をとり続けたニコラスへの城の使用人や政務官たちの信頼は、思った以上に厚いらしい。


 ダリウスの部屋で、アイリーンとキャロラインはダリウスとともに城の見取り図を囲んでいた。ロレンソは扉の前に立って、誰かが近づいてくるのを警戒している。

 グーデルベルグ城は広く、この見取り図は新人のメイドには全員配られるもので、アイリーンとキャロラインも総メイド長から昨日受け取ったものだった。


「ニコラスの部屋は三階の東にあります。ヴィンセントの部屋はニコラスの部屋から三つ隣ですね。リリーの部屋はニコラスの隣で内扉でつながっています」


 ダリウスが使っている部屋は二階の中央にある。三階へ上がるには中央の大階段を使うか、西と東にある階段を使えば上がれるそうだが、三階には王と王妃の部屋、それから玉座の間、宝物庫、禁書庫など重要な部屋が多く、用事もないのにうろうろしていたら見咎められるだろうとのことなので、掃除のふりをして様子を見に行くのは難しそうだ。


(やっぱりここは小虎に頼るしかないわね)


 小虎は昨日、ダニーが外套の下に隠してこっそり城へ連れてきたようで、昨日の夜にアイリーンが与えられた部屋にやってきた。人目を避けての行動はお手の物なのか、誰にも見つかっていないようだ。ちゃっかりキッチンから大きなハムの塊をくすねて来ていた。小虎に見取り図を見せておいたから、賢い彼はすぐにルビーを探すと言う作戦を実行に移してくれている。

 リオノーラに手記を預けてくれたリリーにもコンタクトをとりたいところだが、彼女のそばにはたいていニコラスがいるそうだ。会議のときなど、リリーを同席させることができない場合にのみリリーのそばから離れるが、それ以外はほとんどべったりらしい。ニコラスはよほどリリーを溺愛しているようだ。


「それで、ルビーの場所が特定出来たら、ニコラスとヴィンセントがいない隙に……でしたね」

「できれば長時間引き付けておきたいんですけど」

「ただの会議でば一時間……長くても二時間もあれば終わりますからね。ルビーを奪った後、気づかれることなく城から抜け出すには少々心もとない時間ですね」


 もっと言えば、安全を確保するために、城から抜け出した後は急いで国外まで逃げておきたい。そのためには一分でも長く二人をひきつけておきたいのである。


「……少し準備がたりませんが、何とかなりますか」


 ダリウスがぼそりとつぶやいて顔をあげた。


「ニコラスたちをひきつけるのはこちらでやります」

「どうするんですか?」

「議会を招集します」


 ダリウスはちらりと扉の前に立っているロレンソに視線を投げ、彼が頷くのを確認してから続けた。


「遅かれ早かれ動くつもりではいたんです。現在議会の人間は『リアースの祟り』を恐れて領地へ逃げているものがほとんどです。それを招集し、次期国王の椅子についての議題をあげます」

「その口ぶりでは、次期国王はニコラス殿下が確実というわけではなさそうですわね。ダリウス殿下に勝算があると見ていいのでしょうか?」


 キャロラインが訊ねると、ダリウスは微苦笑を浮かべた。


「正直、安く見積もって半々でしょう。分が悪いと言うのが正直なところですが、逆に国が混乱している今の方が勝率は高いと見ています」


 ダリウスによると、すでに水面下では議会に名を連ねている諸侯への根回しを行っていたそうだ。議員の一人であるナタージャ侯爵を通し、ダリウスに票が集まるように動いていると言う。ニコラスは半年ほど国政を担っていた実績があるが、病弱だった彼の印象を払しょくするには時間がたりない。さらに言えば、ニコラスが妻に選んだのは「身元不明」のリリー。リリアーヌを蘇生させたなどとは口が裂けても言えないだろうから、彼女の身元は永遠に不明のままだ。リリーを溺愛しているニコラスは側室も娶らないだろう。そう考えれば、ダリウスは未だ誰とも婚約していないが、国内の有力貴族の誰かと約束だけでも取り付けておけばかなり有利に働く。


 フィリップが指名手配されたことで、彼についていた貴族は未だニコラスとダリウスのどちらにつくか対応を決めかねていると言う。フィリップ派だったナタージャ侯爵の働きかけで彼らがダリウスにつけば形勢は逆転できるそうだ。


「本音を言えばせめてあと二か月はほしかったんですが、事情が事情です。ダニーを通して、ナタージャ侯爵に急いでいただくように話を通しておきます。国王が逝去した今、次期国王を決めるのは最重要課題。この議案を持ち出せば、議会は集まるよりほかはありません。一日や二日で議会はまとまらないでしょうが、議会を招集してから最低でも数日は、一日のうちの大半の時間、ニコラスたちを会議室に引き付けておくことができるでしょう」


 それはありがたいが、アイリーンはふと、そこで不安を覚えた。


「ダリウス殿下。もしもの話ですが……もし、殿下がその議会でニコラス殿下に敗北なさった場合、殿下はどうなりますか」


 ニコラスたちをひきつけておいてくれれば、アイリーンたちはルビーを奪って逃亡できるかもしれない。アイリーンの目的はルビーを手に入れて封印し、メイナードを助けることだ。だから、ルビーを奪ってこの国から逃げ出すことができれば、目的のほとんどが達成できる。

 だが、残されたダリウスたちはどうなるだろう。ダリウスが無事王になれた場合はいい。けれどもニコラスが王になった場合、アイリーンたちを手引きしたことが知られたら、ダリウスの命が危ないのではなかろうか。

 ダニーは目的以外のことに気を止める必要はないと言ったが、さすがにこれは無視できない。

 ダリウスは肩をすくめた。


「僕もフィリップも無事ではすまないかもしれませんね」

「そんな……!」

「ですが、そんなにへまはしませんよ。あなたたちのおかげで、こちらには奥の手もできましたからね」

「奥の手?」


 アイリーンがきょとんとすると、ダリウスは人の悪い笑みを浮かべた。


「報告をくれたでしょう? 離宮のヴィンセントが使っていた部屋にフォーグ教の祭壇があったと。さらにリリーの手記によると、ヴィンセントは処刑されたヴァーミリオン家の当主の息子。もともと処刑対象であったところに加えて異端信仰の裏が取れているんです。証明するにはまだ証拠が不十分なところもありますが、これを持ち出せば議会はかなり荒れるでしょう。こちらの勝率は格段に上がります」


 なるほど、それは異端に厳しいグーデルベルグ国だから取れる手段だ。しかし、だからこそ強力な一手でもある。


「この半年でニコラス殿下派も増えていますからね。異端信仰なんて持ち出せば、議会は大荒れも大荒れ……収集つかなくなるんじゃないですかね」


 扉の前に立っているロレンソが困ったように笑う。


「荒れている間にこちらは次の一手を考えられるし、その間にフィリップの冤罪を晴らしてこちらの味方につければ僕の勝ちが確定する」

「……フィリップ殿下が味方になってくれますかね」

「死ぬまで城で好きなだけ大好きな研究をしていていいと言えば絶対に食いつく」

(確かにそう言えばフィリップ殿下のことだから二つ返事で了承しそう……)


 さすが仲が悪くても弟。兄の性格を熟知している。


「だから、あなたが気に病むことはありません。もともとこれはグーデルベルグ王家の問題ですから、本来であればこちらだけで対処しなくてはならないことですからね」


 こういうところは、ダリウスとフィリップが大きく違うところでもある。

 フィリップは利用できるものは無頓着に利用するタイプだが、ダリウスは違う。人を頼ることが苦手なこの王子は、なんでも一人で背負い込もうとするタイプだ。生真面目は美徳だが、無事に彼が王になったときに、一人で背負い込みすぎてつぶれたりしないだろうか。


(……ある意味、フィリップ殿下がそばにいた方が安心なのかも)


 フィリップは研究という自分の欲求に忠実に生きているが、あれで有能なのは間違いなさそうだ。それに、『リアースの祟り』が蔓延した時、それをどうにかしようとするくらいにはフィリップは国のことを考えている。王位に興味はなくとも、ダリウスの手助けくらいはするだろう。

 ダリウスの口ぶりでは、最悪な結果にはならないようである。


(わたしも、ルビーを手に入れることに集中しなくちゃ)


 ダニーへの作戦の報告はダリウスがしてくれると言うので、アイリーンとキャロラインは怪しまれないよう、メイドらしく仕事へ戻ることにした。

 作戦の決行は、もうすぐ。


(絶対に成功させてみせるわ)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る