10

 モーリスが目を覚ますまで離宮の中を調べると言って、ダニーとフィリップ、マディアスの三人はダイニングを出て行った。

 勝手に離宮の中を荒らして大丈夫なのかと心配になったが、指名手配されているとはいえフィリップは王族なので、王族が王族の邸を調べても問題ないだろうと思いなおす。


「それにしても、闇の術……? 闇の力を封じ込めたルビーと関係があるのか?」


 バーランドがもう少し詳しく説明しろとばかりに小虎を睨むも、小虎は先ほどからアイリーンの膝の上で丸くなって眠っている。


「あんまり言いたくないことなのかもしれません。小虎、昔のことを思い出すことを嫌うから、もしかしたら関係があるのかも」

「なるほどな。だが、こっちはいろいろわけのわからないことが起こりすぎて混乱状態なんだ。せめて闇の力が何なのかくらいは教えてくれてもいいだろうに」


 バーランドがぼやくと、キャロラインが何かを思い出したように顔をあげた。


「関係があるかどうかわからないけど、ランバースから出発する前、ダニーが『ダルスの黙示録』について調べていましたわ」


 アイリーンの膝の上で、小虎がピクリと丸い耳を動かした。だがそれだけで、起きる気配はない。


「『ダルスの黙示録』……?」


 バーランドは首を傾げ、それから思い出したように手を打った。


「あれか! フィルが持っていた本に書いてあった……」

「そう。あれだけがどうしてもわからなかったから、気になるんだって言って調べていたんだけど、ダニーが調べた中にフォーグ教って言うのがあったんです。闇を信仰している宗教ですって。グーデルベルグ国より北のキブロア国やロゼアン帝国のごく一部で信仰されているらしいってことまではわかったみたいだけど、何か関係があるのかしらね?」

「わからないが、闇信仰って言うのは気になるな」

「ダニーもそう考えたみたいだけど、グーデルベルグ国にもろくな資料が残っていなかったって言っていました」


 バーランドはがしがしと頭をかいた。


「こういうとき、教皇がそばにいればな」

「あらお兄様、ユーグラシル様は苦手って言っていませんでした?」

「苦手だ。苦手だが……僕が知っている限り、こういうことには一番頼りになる」


 アイリーンも頷いた。ユーグラシル、もしくはレオナルドに憑依したリアース、そして小虎。リアース教がらみのことはこの三人が一番詳しい。けれども、小虎は過去に悲しいことがありすぎて、あまり話したがらないから無理に聞き出すのは可哀そうだった。


「せめてリカルドさんがいれば……」


 アイリーンがつぶやくと、途端にバーランドが顔をしかめた。バーランドは奇抜な格好をしている超がつくほどマイペース人間なリカルドが苦手らしい。

 キャロラインはリカルドがピンとこなかったようだが、キューベック卿と言いなおすと「ああ」と頷いた。知っているらしい。


「あの変な人ね。何度か見たことがあるけど、何というか、あんなに残念格好の男性ははじめてだったから記憶に残っているわ。顔は整っているのにね……なんというか、近づきたくない感じよね」

「中身も相当に変わっている人だったわよ」


 アイリーンとキャロラインが顔を見合わせて笑っていると、離宮の探索を終えたダニーたちが戻ってきた。離宮の中には特に変わったものがなかったと言い、外の墓地も見に行ったらしい。


「墓に刻まれた没年ですが、すべて同じ年の同じ日が刻まれていました。今日の一年と一か月と三日前です」

「お墓の数は五十八。……同じ日に五十八人も一カ所で死ぬなんて、病でもありえないんじゃないかしらネェ」


 マディアスが難しい顔をして言う。


「それ以前に、王家の離宮で働いていた人間の大量死だ。国に報告されていない方がおかしい。これだけの使用人が一度に死んだんだ、離宮の中に使用人はほぼ残っていなかっただろう。その状況で病弱のニコラスがどうして生活できたのか甚だ疑問だ。……やはり、おかしい。ダリウスの読みは正しかったのかもしれないな」


 フィリップがダイニングの椅子に座りながら息を吐いた。


「ダリウス殿下の読みというと……例の、ヴァーミリオン家の件でしょうか?」


 アイリーンが訊ねると、フィリップが頷いた。

 ダリウスは、ニコラスのそばにいるヴィンセントという医者とリリーという名前の妻が、異端信仰で滅ぼされたヴァーミリオン家と何らかの関係があるのではないかと推測している。

 キャロラインが考えるように顎に手を当てる。


「でも少しおかしい気がするわ。いえ、ヴァーミリオン家とつながりがあるという部分ではなくて……、ヴァーミリオン家の信仰していたものがリアース教だと仮定した場合、やっぱりこの事件はおかしいもの。だってさっき小虎が言ったじゃない。モーリスには闇の術がかかっていたんでしょう? 少なくとも、リアース教に闇の術が仕える人間がいるなんて聞いたことがないわ」


 キャロラインの言うことはもっともだった。リアース教の闇の力は、光の聖女であるエディローズが封印したのだ。ルビーの箱の封印が解けて一部が世界に漏れ出ているとはいえ、闇の力を使った「術」というのはいささか不思議な気がした。


「さっき少し話していたのよ。ダニー、あなた、出発前に『ダルスの黙示録』について調べていたでしょう?」

「ええ。……なるほど。手掛かりがなかったからすっかり忘れていました。よく覚えていましたね、ジェネール……」

「キャロライン」

「……失礼しました、キャロライン」


 ダニーがバツの悪い顔で言いなおす。

 ここでは念のため、身分につながる家名は名乗るのは控えようと決めていたのだ。三大公爵家のジェネール公爵家、そして聖女に選ばれたコンラード家は遠く離れたグーデルベルグ国でも知っている人間がいるかもしれないからである。


「『ダルスの黙示録』か」


 フィリップもハッと顔をあげた。


「なるほど、フォーグ教か。……フォーグ教を信仰していたと仮定すれば、腑に落ちる気がする。処刑されたヴァーミリオン家の妻はギブロア出身だ。さらに言えば、ヴァーミリオン家の三代前の当主の母はロゼアン帝国出身者だった気がする。ヴァーミリオン家はギブロアやロゼアン帝国から妻を娶ることが多かったんだ」


 ギブロアとロゼアン帝国の一部ではフォーグ教が信仰されている。嫁いできた妻を通してヴィンセント家にフォーグ教がもたらされてもおかしくはない。


「もう一度離宮の中を探してみましょう。フォーグ教の本の一冊くらいはでてくるかもしれません」


 そう言ってダニーとフィリップがダイニングから飛び出して大階段を上るべく玄関ホールへ出たときだった。

 気を失っていたモーリスが目を覚まし、不安そうな表情を浮かべて休んでいた部屋から姿を現した。

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