9
翌日、アイリーンはバーランド、フィリップ、マディアス、そして小虎とともにアメリの棺が安置されているという遺跡へ向かった。
遺跡へは馬車で四時間ほど。ドーランの町から北へまっすぐ行った先にある。
キャロラインとダニー、そしてファーマンは、遺跡からほど近い場所にある王家の離宮へ向かった。
同日に二手に分かれて行動することにしたのは、遺跡に向かったアイリーンたちの存在を目立たなくさせる狙いもあると言う。少なくとも、王家の離宮にいる人間たちの目はダニーたちに向くので、そのすぐそばの遺跡にアイリーンたちがいても気がつかないだろうとの見立てだ。
「本当に雪深いな」
馬車でしばらく北へ行くと、人が滅多に通らないのか、道にも雪が多く積もっていた。これでは馬車で遺跡までたどり着くことができないだろう。バーランドが御者に相談して、行けるところまでは馬車で向かい、そこから先は歩いて行くことに決める。
幸いにして、雪は積もっているが、空は晴れていて雪が降りだす気配はない。
アイリーンたちは途中で馬車を降りると、雪の中を慎重に進んで行く。
「小虎は元気ネェ」
雪の上を飛ぶように進んで行く小虎を見て、マディアスが嘆息した。
雪の上を歩くと、ずぶずぶと足が埋まるので、なかなかうまく進めない。ともすると足を取られて転びそうになるし、防寒対策をしていてもとても寒いので、正直言ってかなりの苦行だ。
「フィル。何かいいものないの?」
雪と寒さにうんざりしたらしいマディアスが訊ねると、フィリップはぜーぜー肩で息をしながら答えた。
「爆薬で吹き飛ばすくらいしか思いつかない」
「やめてください。大きな音がすれば目立ちます」
フィリップが何かを探すようにポケットに手を入れたのを見て、バーランドが慌てて止めた。
「せいぜいあと三十分ほど歩けばたどり着くはずです。思ったより近くまで馬車で来られましたから」
「三十分か……」
フィリップはがっかりと肩を落として、体力を温存するためか黙り込むと、ゆっくりと足を動かす。
アイリーンも肩で息をしながらその後ろに続いていると、先陣を切って駆けて行った小虎が戻ってきた。そして、アイリーンの目の前で大きな姿に変わると、上体を低くして「があう」と鳴く。
「乗っていいの?」
「がう」
背中に乗せてくれるらしい。
「ありがとう!」
アイリーンがぱあっと顔を輝かせて小虎の背中に乗ると、それを見たフィリップが羨ましそうな顔をした。
「……いいな」
「男の子でしょ! 我慢して歩く!」
すかさずマディアスが言うと、フィリップは不貞腐れたような顔をして「わかっている」と答える。
アイリーンは自分だけずるをして申し訳ない気になったが、このままだったら自分が最初にばてるのがわかっていたので、ここは小虎に甘えておくことにした。
小虎はアイリーンを背中に乗せて、涼しい顔ですたすたと雪の上を歩いて行く。
バーランドの見立て通り、三十分ほど歩くと、前方に雪に埋もれるように小さな建物があるのが見えた。
それは白壁の墓地で、下に降りる階段がある。
アイリーンが小虎の背中から降りると、彼はもとの小さな姿に戻って、くいっと顎をしゃくった。階段を下りろと言うことらしい。
「念のため僕が先に行こう」
バーランドが先陣を切り、その後ろにフィリップが続いた。フィリップがこれまた彼の発明品だろう、手荷物から手のひらサイズの燭台のようなものを取り出して、それに火を灯す。フィリップのあとに小虎を腕に抱いたアイリーン、そして最後がマディアスの順だ。
階段は長く、人がすれ違えるだけの幅はない。
灯りはフィリップが持っている燭台の灯りだけだ。
外から入り込む雪で階段が滑りやすくなっているので、壁に手を添えながら慎重に降りていく。
「扉があるな」
階段を下りた先にある扉を開けると、奥は真っ暗な部屋だった。
光が入り込まないから、アイリーンの位置からは何も見えない。フィリップが先に部屋に入り、燭台で室内を照らした、その直後。
「きゃあああああっ!」
アイリーンは思わず悲鳴を上げた。
バーランドもマディアスも顔をこわばらせ、フィリップが燭台を取り落とす。
「見るな、アイリーン」
バーランドがアイリーンを抱き寄せて視界を塞いだが、すでにアイリーンは「それ」を見たあとだ。
そう――
燭台の炎に照らされた室内には、白骨化した一人の死体が転がっていた。
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