3
教皇ユーグラシルに面会を求めると、彼はサイフォス家の本宅ではなく、ユーグラシル個人の所有する別宅へ来るように告げた。
アイリーンが小虎だけを連れてユーグラシルの別宅を訪れると、すぐにサロン通される。無駄なものの少ない、品よく整えられたサロンだった。
ややして、ゆったりと楽な私服に身を包んだユーグラシルが現れた。いつも束ねているダークグレーの髪は、今はほどかれて肩の上に落ちている。
アイリーンの膝の上にいた小虎がぴくっと耳を動かして、のそりと起き上がった。アイリーンの隣に移動して、赤い目をじっとユーグラシルに注ぐ。ユーグラシルは小虎を見、それから口の中で「聖獣か」とつぶやいた。小虎をあっさり聖獣だと見抜いてしまったユーグラシルにアイリーンは驚いたが、だからこそメイナードのことも相談できると思いなおすことにした。この人はどこか浮世離れしていて、人とは違う何かが見えている、そんな気がする。
「殿下のことは聞いている」
アイリーンが口を開くより早く、ユーグラシルはそう告げた。
「何が知りたい?」
「メイナード殿下を戻す方法です」
「戻す、か」
ユーグラシルは顎に手を当てて、それから息を吐いた。
「それは難しいな」
「どうしてですか」
その方法は簡単ではないと思っていたけれど、難しいと言われて、アイリーンは眉を寄せた。
ユーグラシルはアイリーンを見て、そして小虎に視線を向け、きつく目を閉じる。まるで何を告げるべきか――いや、どこまで告げるべきかを、迷っているようだった。
教皇が何かを知っているのは間違いない。アイリーンは確信して、自分の手を握りしめる。
「教えてください。どうして難しいんですか」
「それは――」
「簡単なことだ。フォレスリードとメイナード殿下は、同じだからだ」
ユーグラシルが言葉を濁した次の瞬間、第三者の声が割り込んできてユーグラシルが舌打ちした。
「リカルド! 今日は来るなと……」
サロンに入ってきたのはリカルドだった。リカルドはもう一人、十歳前後の少年を連れていた。ユーグラシルよりも薄い灰色で、どちらかと言えば白に近い髪をした少年だった。少年の姿を見たユーグラシルは思わずと言ったように立ち上がり、そしてリカルドを睨みつけた。
「どうしてレオナルドを連れてきた!」
レオナルド、と言われてアイリーンはこの少年にあたりをつけた。レオナルド・クローサイト。もう一つの教皇を輩出するクローサイト家の、当主の息子だ。
レオナルドは赤に近い紫色の瞳をしていた。彼はユーグラシルを見上げて、儚く笑った。
「お久しぶりです。ユーグラシルおじさま」
「レオナルド! そなたも、寝ていないとだめだろう!」
レオナルドは病弱だと聞いたことがある。二十歳まで生きられるかわからないと言われているそうだ。確かに顔の色は白く、血色がよくない。ユーグラシルが慌てたようにレオナルドを抱き上げると、彼は過保護な教皇の腕の中でにこにこと笑いながら、アイリーンに視線を向けた。
「どうしても、『彼』がアイリーンに会いたいと、言っていたから」
その言葉に、ユーグラシルの顔色が変わる。
リカルドに向かって、今すぐにレオナルドを連れて帰れと怒鳴るけれど、リカルドはどこ吹く風だ。当然のようにサロンのソファに腰を下ろして、メイドを呼びつけて自分のティーセットを用意させた。
「リカルド!」
ユーグラシルの非難が飛ぶが、リカルドはそれを無視してアイリーンに顔を向ける。
「ここまで来たら隠したところで仕方がないだろう。それに、アイリーンには知る権利がある」
「リカルドさん、さっきの話はどういう……」
メイナードとフォレスリードが同じとはどういうことだろう。アイリーンが戸惑った表情を浮かべていると、ユーグラシルが息を吐きながら答えた。
「……それを語るには、最初から説明した方が早いだろう」
ユーグラシルがレオナルドをソファの上に下ろす。
レオナルドはじっとアイリーンを見つめたあとで、自分の胸の上を押さえた。
「おじさま。それについては『彼』が説明したいらしいです」
「……レオナルド」
ユーグラシルが眉を顰める。
レオナルドが「一度だけだから」と言って、そしてゆっくり目を閉じた――その次の瞬間だった。
突然レオナルドの体から金色の光が溢れたかと思えば、目の前で彼の姿が子供から大人のそれへと変化を遂げて、アイリーンは瞠目する。
二十歳をすぎた青年の姿に変わったレオナルドに茫然と息を呑んでいると、ユーグラシルが低く告げた。
「アイリーン。……彼は、『リアース』だ」
アイリーンの隣で、小虎が赤い目を細めてのそりと起き上がった。
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