16

 夜、わたしは少し早く休むことにした。

 立て続けに癒しの力を使ってせいで、わたしの体力はすっかり底をついていて、夕食を取っているときも眠くて眠くて仕方がなかったの。


 小虎を抱っこしてベッドに入ると、まるで沼地に足を取られたかのような睡魔に襲われる。

 今日で四人の人を夢から冷ますことに成功したけれど――、まだまだたくさんの人が夢から目覚めないらしい。さらにはこうしている間にも眠りの世界に捕らわれてしまう人が増えていて、わたし一人の力で何とかなるのか、正直不安で仕方がない。


 いったい、何が原因なのかしら……。


 夢の世界に落ちる途中、ふと何か大きな物音が聞こえたような気がしたけれど、目を開ける気力はどこにもなかった。






 アイリーンが目を閉じてしばらくして、小虎はぴくんと丸い耳を動かした。

 のそりと起き上がると、とんっと床に降りる。


 暗闇を赤い目で睨んだ小虎は、次の瞬間、子供の姿に変わっていた。

 お尻からのぞく白と黒の縞模様のしっぽをピンと立てて、じっと睨む先は、飾り棚の上。そこには小さな人形のついたオルゴールが飾られていた。人形の目には小さなルビーが使われている。そのルビーが暗闇の中で小さく光り。小虎は低く唸った。


 夜の闇の中に、さらに濃い黒がもやっと浮かび上がる。それはオルゴールの周りで影のように揺れていた。

 その影が、ふとオルゴールから離れてアイリーンのそばに向かおうとした瞬間、小虎は駆け出した。

 小さな子供の姿からは信じられないほどの跳躍を見せ、飾り棚の上に飛び乗ると、オルゴールを棚の上から叩き落とす。

 落ちたオルゴールを今度は棚から飛び降りて踏みつけ、破壊したあとで、人形の目に使われていた二つのルビーを手に取った。

 ぱりん、とまるでガラス細工が壊れるような音をたててルビーが粉々になると、部屋の中にいた黒い影がすうっと掻き消える。


 小虎はぷくぷくとした手の中に残った、砂粒のように小さくなったルビーの欠片を、窓を開けて外に捨てると、ベッドに戻って再びアイリーンの隣にもぐりこんだ。

 小さな手でアイリーンにしっかりとしがみつくと、そのまま目を閉じてすやすやと寝息をかきはじめる。


 翌朝目を覚ましたアイリーンは、隣に眠る小虎が子供の姿をしていることと、部屋の中に散乱している、無残にも破壊されたオルゴールに驚愕したが、小虎は何事もなかったかのように知らんぷりを決め込んだのだった。


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