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「ブレスレットなら私がかわりのものをプレゼントしてやる」
ほらね。
こうなると思ったのよね。
ユーグラシル様が部屋から出ていくと、待ちかねていたかのように内扉がドンドンと叩かれた。
メイナードってば、わたしと教皇が話している間、隣の部屋――王太子の部屋にいたらしい。どうでもいいけど、執務は大丈夫なの? 仕事がたまるとオルフェウスお兄様が怒鳴り込んでくるわよ?
ちなみに、以前メイナードが鍵穴に何かを突っ込んで鍵がかからなくなった鍵はまだ修理されていないの。勝手に入るなって約束は覚えているみたいだから、こうして扉を叩いて開けろと主張するのよね。
侍女のセレナとローザははじめこそメイナードのこの行動に驚いていたみたいだけど、最近ではすっかり面白がって「アイリーン様ってばすっかり殿下をお尻に敷いていらっしゃるのねぇ」って冗談なんだか本気なんだかわからない言葉で#揶揄__からか__#うのよ。やめてほしいわ。まるでわたしが恐妻みたいじゃないの! わたしはただ、夫婦でも婚約者でもない女性の部屋に勝手に入るなって道理を説いただけよ。
セレナたちがティーセットを片づけながら「早く開けないと扉蹴破られちゃいますよ」って言いたそうな顔でニヤニヤと笑うから、わたしが仕方なく内扉を開けると、目ざといメイナードはわたしの手の中にあったブレスレットをすぐに見つけて問い詰めてきた。
ユーグラシル様にいただいたのだと答えたら、「私がかわりのものをプレゼントしてやる」。これよ。
小さな緑色の石がついているだけのこのブレスレットに怪しいところなんてないと思うんだけど、メイナードはさっきからブレスレットの鎖の一つ一つまで入念に確認している。
「この緑の石が赤く変わるって教皇が言ったのか?」
「ええ。よくわからないけれど、赤く変わったら注意が必要なようですよ」
「胡散臭いな!」
メイナードはフンと鼻を鳴らした。わたしがブレスレットを受け取ったのがよほど気に入らないと見える。
「猊下は嘘はおっしゃらないと思いますけど……」
「どうだかな! 現に聖女選定のときは――」
メイナードは憤然と何かを言いかけたけど、ハッとしたように口を閉ざした。
聖女選定のときは? なんなのかしら?
わたしが首を傾げると、メイナードはわざとらしく咳ばらいをして、わたしにブレスレットを返してくれる。
「怪しいものはついていないみたいだから、一万歩譲って、君がそれを身に着けるのを我慢するよ」
一万歩も譲る必要があるの⁉ たいてい百歩くらいだと思うんだけど……。
「そう言えば、猊下にダリウス王子には近づくなと言われました」
「ダリウス王子に? まあ、グーデルベルグ国はリアース教を異教としているから、聖女の君が近づいてもいいことはないかもしれないけど」
「でも、聖女に会いたいとおっしゃられたんですよね?」
「まあそうだけど。教皇は今回、ダリウス王子が来られるのに反対していたから、過敏になっているのかもね」
「……猊下が、反対?」
それは妙な話よ。教皇は――特に、ユーグラシル様が教皇になられてからだけど――、あまり政治に口出ししてこない。そのユーグラシル様が外交に口出ししてきたのはすごく珍しいことよ。メイナードも、わたしが気づいたような疑問に気づかないような人ではないはずで――、あー、なるほど。わかったわ。わたしが城に連れてこられたのはそのせいね。聖女に何かあったら大変だって、一応警戒しているんだわ。
この人、どうしてこういう大事なことを言わないのかしらね。
わたしがじっとりとした視線を向けると、メイナードは明後日の方向を向く。領地から王都に帰ってくると決めたとき、メイナードはわたしのことを守ると言ったけど、守るのと内緒にするのは違うのよ? あんた、わかってんの?
「アイリーン、母上が、お茶会しないかって言っていたよ」
あからさまに話題を変えようとしたわね!
お茶会? しないわよ! 王妃様のお茶会って怖いもの! 気がついたらウエディングドレス姿で教会に連行されていた――ってことになりかねないわ。
「また今度って言っておいて」
「そう言うと思ったよ」
「いつまで油売ってやがるんだ―――!」
突然第三者の声が割り込んできて、バターンと王太子の部屋の扉が開け放たれる。
「お兄様?」
内扉を開けたままにしていたから、部屋に飛び込んできたオルフェウスお兄様からはメイナードが丸見えで、くわっと目を見開くと大股で近づいてきた。
「十五分って言ったよな? お前の十五分は一時間半か⁉ ええ⁉」
メイナードってばお兄様の形相に驚いたのか、ソファから立ち上がると慌てたようにわたしの背後に回った。
「オルフェ、今大事な話を……」
「大事な話? あと三十分期限の書類に目を通してサインすることより大事な話があるのか、ああ⁉」
「……ありません」
オルフェウスお兄様はメイナードの襟をつかむと、ずるずると引きずるようにして部屋を出て行って、ぱたんと扉が閉まると同時に訪れた静寂に、わたしはセレナとローザと顔を見合わせて苦笑した。
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