5

 バーランド様と一曲踊って、そのあとメイナードとも一曲踊った。


 そのあとメイナードは陛下に呼ばれて渋々上座に向かったけれども、去り際に胸に差していた白い薔薇をわたしの髪に差してほかの男性を牽制しちゃったから、幸いなことに、そのあとわたしをダンスに誘う男性は現れなかった。


 バーランド様とオルフェウスお兄様は若い令嬢たちに囲まれてしまったわ。


 わたしはキャロラインと、大広間の隅に並べられた椅子に座って、おしゃべりを楽しむことにする。


 ダンスホールでは本日主役のサヴァリエ殿下が楽しそうに踊っていた。


 サヴァリエ殿下は今日で十九歳。メイナードと同じ黒髪に、メイナードよりも少し薄い色をした瞳。少し視力が弱くて、数年前から黒縁の眼鏡をかけている。まだ誰とも婚約していないから、わたしがメイナードと婚約を解消するまでは、この国で一番人気の男性だったらしいわ。メイナードがフリーになってからは、メイナードの人気がサヴァリエ殿下を抜いたらしいけどね。


 メイナード、外見はとてもかっこいいけどね。中身はとっても残念なのよーって言ったら、どれだけの人が信じてくれるかしら?


 キャロラインとおしゃべりを楽しんでいると、気づけばわたしたちの周りにはたくさんの令嬢たちが集まっていた。


「久しぶりね、アイリーン」


「聖女に選ばれてから全然姿を見ないんだもの、どこかに拉致されたのかと思って心配していたのよ」


「それか殿下に復讐しようとして城の地下牢に入れられたか」


「変な男にころっと騙されたんじゃないかしらとも思ったわね」


「まあとにかく、元気そうでよかったわ」


 ……皆様、あんまりな言いようで。


 どうしてわたしのお友達って口の悪い人が多いのかしらね?


 そしてキャロラインが、アイリーンは本当に拉致されたわよーなんて言うから、みんながキラキラした目を向けてくる。ちょっと! そこは心配するところよ!


「ちょっとそれどういうことよ?」


「なになに? 手籠めにされそうになったの?」


「いい男だった?」


「面白いからその話詳しく!」


 キャロライン―――!


 あんたなんてこと言ってくれるのよ。


 パリスの件は内緒ってわけじゃないけど、外交問題とかいろいろあるから詳しいことは公にされていなくて、わたしのお友達が知らないのも当たり前。


 これ、どう収拾つけるのよ!


 キャロラインをじろりと睨むと、イチゴ入りのシャンパンをおいしそうに飲みながら、


「攫われて閉じ込められたところを殿下が助けたんですって。愛よねぇ」


 なんて言うのよ?


 何が愛よ。わたしが「そんなんじゃない」と言う前に、みんなが「きゃーっ」と歓声をあげちゃうし。


「やっぱりねー、そうだと思ったのよ」


「だってねぇ、リーナよ?」


「殿下可哀そうって思ってたのよねー」


「アイリーンが聖女でよかったわねぇ」


「これで元通りね」


「だって殿下、アイリーンが大好きだものー」


「……政略的な意味合いの婚約で愛なんてないって振られたわよ?」


 わたしがムッとして言い返せば、みんな声をそろえて笑い出した。


「やだアイリーン、冗談ばっかりー」


「そんなわけないじゃないの」


「きっとやむを得ない事情があったのよー」


「いつまでも拗ねてないで許してあげなさいよ」


「その髪の薔薇だって、殿下のでしょ?」


「所有権主張しまくりじゃないの」


「気づいてないの、アイリーンだけよ」


「相変わらずニブチンねぇ」


 どうしてこの人たち、すっかりメイナードの味方なの?


 わたしが首をひねりながらキャロラインを見ると、「馬鹿ねぇ」と言いたそうな顔で笑われた。


「殿下がリーナに向ける表情を見て何とも思わなかった?」


 なにそれ、どういうこと?






 なんだかものすごく馬鹿にされた気分よ。


 不機嫌なわたしを取り囲んで、お友達はきゃいきゃい騒いでるし。


 わたしは何となく髪にさされた薔薇に触れてみる。


 どこにでもある白い薔薇だけど、この日、ここでのみ強い意味を持つ白い薔薇。


 今日、薔薇を身につけているのは王族のみ。ほかの男性は違う花を胸に差している。そして、白い薔薇を胸に差していたのはメイナードだけ。サヴァリエ殿下は赤い薔薇だし、陛下は黄色。つまり、白い薔薇を髪に差しているわたしは、誰が見ても「メイナードのもの」ってわかるの。


 だからほかの男性は誰もわたしに声をかけない。第一王子が所有権を主張している女に声なんてかけられるはずないでしょ?


 わたしも、どうして当たり前のように受け取っちゃったんだろう。


 メイナードはもう婚約者じゃない、わたしはメイナードのものじゃない――、そう言いながら白い薔薇を髪に差しているなんて、矛盾しまくりよね?


「何様なのかしら?」


 そうそう、何様なのかしらって感じ――ん?


 うっかり考えていたことが声に出たのかと思ったけど、違うわね。


 わたしが顔をあげると、こちらを鋭く睨みつけている真っ直ぐな栗色の髪をした女性――リーナ・ワーグナー伯爵令嬢が目に入る。


 言わずと知れた、聖女の元第一有力候補で、わたしと婚約破棄をしたメイナードが、一時的に婚約関係にあった女性よ。


 お兄様のグロッツ様と一緒に来ていたはずだけど、今は一人みたいね。


「あら、聖女様に決まってるでしょ?」


 わたしの横で、キャロラインがくすくすと笑いながら返して、リーナはカッと顔を染めた。


 うーん、キャロライン、あんたいい性格してるわ、ほんと。


 リーナはそのままプイっと顔を背けてバルコニーの方に向かってしまった。


「キャロライン……」


「いいのよ。だってリーナってば、あなたが領地にいる間に何を言っていたと思う? アイリーンさえいなければ自分が聖女だって言っていたのよ。リーナが聖女の第一候補って言った馬鹿は誰かしらね。わたし、アイリーンがいなくても、あの子だけは選ばれなかったと思うわ」


 キャロラインはそう言って、残っていたシャンパンを一気に飲み干した。

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