第16話 どうしようもないおバカさん

「何がですか?」


「君ともなれば静かに机の上で

居眠りすることぐらい造作もないことでしょ」


「はは、それは買被りすぎですよ。

俺、こう見えても寝癖悪い方なんです。

鼾はかかないですけど。」


「勘違いしないでね。

君の居眠りを認めているわけではないから。

ただ、大人をあまり甘くみるんじゃないってこと。」


真千先生の

『大人を甘く見るな』という言葉は

俺自身の素行を全て見抜いていると忠告しているのだろう。

千里眼の持ち主か!

できる先生はつくづくやっかいだ。


「すみません。真千先生のことは尊敬しています。」


「尊敬?」


「はい、だって何度廊下で立たされても

居眠りをする俺にこうして先生の時間を使って

説教してくださっているんですから。」


「あら、わきまえてるじゃない。

でもね、それは仕事だからよ。」


生徒の身としては知りたくなかった一言だった。

かなりのダメージである。

真千先生は続けて


「何度注意しても授業中に居眠りをする

どうしようもないおバカでも、

いつかはそのおバカが治ると信じて指導するの。

それが私の仕事よ。」


真千先生が俺なんかを信じて・・・

涙が出そうになったが、

どうしようもないバカさんって・・・


「どうしようもない俺なんかを

信じていただきありがとうございます。」


「お礼なんてやめて、嘘っぽく聞こえるわ。

でもあなたには聞きたいことがあるの。

そこまで自分の居眠りが

私に迷惑をかけていることを知っていて

居眠りするのはどういう要件かしら?

嫌がらせか何かなの?」


「いえいえ、

残念ながらその読みは外れです。」


「あら、違うのね。

ではなぜいつも決まった時間に寝るの?」


「それは眠気がいつも

決まった時間に襲ってくるからですかね。」


「決まった時間に眠気が襲ってくるのは

生活リズムがよほどいいのか、

眠気を受け入れやすい体質なのか・・・」


「両方ですかね。」


「なら、生活リズムはともかく、

その体質を変えていく必要があるんじゃないかしら。」


「これまで十六年間ともにしてきた体質を

急に変えることは非常に難しそうですが、

尊敬している真千先生からのご指摘であれば

変えられるように努めていきます。」


よし、これで真千先生相手に

ハッタリを貫くことができた・・・・

と思ったのも束の間、


真千先生の前では、

「あら、それで反省したつもり?

私が本当に聞きたいことは

佐藤君ならもう分かってるわよね?」


これだからできる先生は本当にやりづらい。

俺の口から言わせる気だっていうのか。

分かってはいるが、それを言ったら俺が俺でなくなる。


「申し訳ありません。

真千先生が聞きたいこと俺には先ほどのこと以外には何が何だか。」


「あら、とぼけるのね。」

不敵な笑みを浮かべ俺の肩をポンと叩いて言った。


「まぁ、佐藤君がどういう子なのか

少し分かったからよしとしましょう。

佐藤君も私のこと少しは分かったみたいだしね。

今日のところは免じてあげるから、

明日からは寝るなとは言わないけど、周りに迷惑はかけないようにしてね。」


「はい」


「でももし寝たら

これまで以上の罰を考えておくからね」


「は・・い」


最後のとても恐ろしい一言は早々に忘れることにして、

真千先生には俺の取った行動は見抜かれているようだ。

いや、それだけじゃない。

性格もろもろ把握されてしまった気さえする。

真千先生の千里眼恐るべし・・・

これからの講習が気まずくなりそうだな。


太郎は

みんなが待つ教室へと戻ろうとした時だった。

講習室を出たところに菊池華が立っていた。


あれ?菊池さん?

辺りを見回しても人影がないことから

どうやら俺を待っていたようだ。


俺は気付かないふりをして

その場を去ろうとしたが、


「佐藤!!」


呼び止められてしまった。ってか呼び捨て!?


「うん、あ、菊池さん。俺に用?」


「うん、佐藤を待ってたの」


ああ、女子からこんな言葉を

生きているうちに聞けるとは・・・生きてて良かった。

しかも呼び捨てってのがレベル高い!!


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