2-7 消えていく違和感
久しぶりの登校のため、たくさんの人から事故のことを聞かれた。聞いてくれる人の中には、知っている人もいる一方で、知らない人もいた。
知らない人でも全くわからないわけではなくて、昔に出会っている気がする。
なぜだろう、、、
そういえば、トイレに行く時に、トイレが一つしかないことに違和感を覚えた。「トイレ」とだけ書いてあって、変な感じになり、しばらく入口を見つめていた。
あれも、どうしてなんだろう、、、
放課後になり、凛君が、僕を部活に誘ってくれる。響君も教室に来てくれて、一緒に音楽室に向かう。
「久しぶりの学校はどうだった?」
響君が心配そうに聞く。
「まだ、記憶があいまいなところがあるけど、学校生活を送るには、問題ないかな、、、」
「そっか、少しずつ記憶が戻ればいいね。」
「そういえば、響君のことは覚えてるのか?」
凛君が、聞く。
「うん、、」
「マジかーー。なんで、俺のことは忘れてんだよ!響君だけ、ずるい!」
「なんでだろう、、ごめんね。」
僕は、少しだけうつむいた。
「なーんてな、大丈夫!俺のことは、絶対に思い出すから安心しなよ!」
凛君が僕の肩を組む。
「だといいんだけど、、」
「けどさ、何で、覚えてる奴と忘れてる奴がいるんだろうなー」
凛君が不思議がっている。
「僕にもわかんないや、、」
ほんと、、わからない、、
なんでだろう、、、
音楽室が見えてきた。
「わからない人がいたら、紹介するから言ってね。」
響君が優しく言ってくれる。
「ありがとう。」
音楽室に入ると、特に何も変わっていなかった。
音楽室から見えるサッカー部の光景が懐かしい。
「今回は大変でしたね。もう大丈夫ですか?」
丁寧に話かけてくれる人がいた。その人は、スカート姿でスカーフを巻いて、品がある。僕は、響君を見つめる。
察してくれた響君が、僕の記憶とその人について説明してくれた。
「そうでしたか。ワタクシのことは、記憶にないのですね。それでは、改めて、ワタクシは、姫城彩と申します。部長をやらせていただいております。」
部長は、終始丁寧にいろいろと説明してくれる。
「俺の記憶もないんだぜ!」
横から、凛君が話す。
「そうですか。」
「ごめんね、、みんな、すぐに思い出すから、、」
「大丈夫ですよ。ゆっくりで。ところで今日は、夏休みの定期演奏会に向けてのミーティングがありますので、山口さんも出席をお願いします。」
部長は、終始丁寧で優しかった。
「わかりました。」
そっか、もう定期演奏会か、、
三年生の僕たちにとって、これが最後の演奏会だ。
演奏会が終わると、部活を引退する。
早いな、もう引退かぁ、、、、
「せんぱーい!お久しぶりです。もう大丈夫なんですか?」
背の小さな人が話しかけてくる。その人もスカート姿だった。
僕は、また響君の顔を見る。
響君は、後輩の鈴宮奏君ということを教えてくれた。
一年生でトランペットを吹いていると。
「久しぶりだね。心配かけてごめんね。」
「いえ、、けど、先輩、、記憶が、、」
鈴宮君は悲しそうな顔をする。
「大丈夫。きっと思い出すよ!」
「ぜったい、、ですよ。」
「うん。絶対!」
部長や鈴宮君を見て、この人たちにも初めて会う気がしなかった。
みんな知っていて、普段から話していたと思う、、
部活が始まり、ユーフォを吹けるかなと心配したけれど、指はしっかりと覚えていて問題なく吹くことができた。
夏の定期演奏会に弾く曲をパートごとで練習した。
休憩時間となり、僕は、校庭を眺めている。
「ユーフォは問題なく吹けた?」
響君が話しかけてくる。
「大丈夫だったよ。けど、部長や鈴宮君のことまで忘れているんだね、、、」
「きっと、思い出すよ!」
「そうだといいなぁ、、」
サッカー部の掛け声が聞こえる。
外から吹く風が気持ちよかった。
休憩時間が終わり、部活は、何事もなく終わった。
いつもの道を響君と帰る。
「今日は、ちょっと疲れちゃったなぁ、、」
「久しぶりの学校だし、仕方ないよ。」
「早く、みんなのことを思い出せばいいんだけど、、」
「あんまり、焦っちゃダメだよ。」
「うん、、そうだね、、」
僕たちは、歩き続ける。いつもと違う道を曲がる。
「ここ曲がったっけ?」
「こっちの方が近いからさー」
「もしかして、このまま行くと、、、事故のところ?」
響君は、前を向いたまま何も言わない。
「行ってみたい、、何か思い出すかもしれないから、、」
僕は響君に頼んだ。
「わかった、、、」
僕の目をみて、静かに言った。
曲がらずに、まっすぐ進むと一つの交差点に着いた。
僕は、この交差点を知っている。
事故の記憶は、ないけれど、事故が起こった場所だと直感でわかる。
響君が僕の手を握る。その手は、震えていた。
「ここだね、、」
「覚えてるの?」
響君が驚く。
「覚えてるわけではないけど、なんとなく事故にあった場所っていう気がする、、」
「、、大丈夫?」
「、、うん、、」
僕は、無くした記憶にまた輪郭が入った気がする。
横断歩道を渡る時、響君の握る手は、強くなる。
何ごともなく、事故現場を過ぎた。
僕は、この現場を通りすぎると、より自分の記憶が鮮明になった気がした。
「響君?」
響君の顔が、こわばっている。
「あっ、ごめん。」
僕の手を離した。
「無理言ってごめんね、、」
「いや、愁君は、何も悪くないよ。」
笑顔でそう言ってくれた。
少し重苦しい雰囲気に包まれながら、僕たちは、別れた。
別れた後、事故現場を通ったせいかはわからないけれど、どこか今までと違う感覚を覚えていた。
家に着くと、咲父さんが出迎えてくれる。
「おかえり。学校どうだった?」
「みんな、すごく優しくしてくれたから、問題なかったよ。」
「それならよかった。」
しばらくすると、夏兄も帰ってきて、学校のことをいろいろ聞かれた。夕ご飯を食べ終え、自分の部屋に戻る。
ベッドに横たわり、今日の出来事を思い出していた。
疲れがどっと押し寄せ、深い眠りに誘われる。
また、これも夢なのかな。
いつもの食卓の風景。お父さんと、他にも三人いる。
けれど、残りの三人がわからない。
誰だっけ、、、
夢は続き、学校へ着く。そこには、響君や藤澤君や武藤君がいて、あと二人、、仲良く話している人がいるのに、誰なのかわからない、、
照りつける太陽の光に目を覚ますと、今までと違う感じがした。
記憶に輪郭が入り、鮮明さを取り戻している。
ふと写真を見ると、そこには、凛君や優君がいて、今までの記憶を思い出した。
逆にどうして今まで忘れていたのかが不思議だった、、
これで、もう大丈夫だ!!
「おはよう!」
一階に降り、咲父さんに元気よく言う。
「おはよう。」
僕の顔を見るなり、
「どうしたの?朝から、嬉しそうだね。」
「咲父さん、思い出したよ!」
「、、思い出したんだね、、よかった、、」
咲父さんは、泣いていた。
「ごめんね。心配かけて。」
夏兄が降りてくる。
「どうした?朝からー」
「おはよう!夏兄!全部思い出したんだ!!」
「そっか、やったな!!」
夏兄が、僕の頭をくしゃくしゃする。
清父さんも起きてきて、みんなで喜びあった。
僕の記憶は、完全に戻った。
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