第353話 ユイトのお料理教室 ~王宮編②~


 途中、思わぬハプニング(?)もありつつ、料理教室を再開。

 数名のグループに分かれて作業してもらっているが、どのグループも真剣そのもの。その空気に、教える方としてもきゅっと気が引き締まる。


「う~ん……。このソーヤソースってのは色々使えるんだな……」

「一匙入れるだけで味が引き締まりますね」

「そうなんです! 料理の下味に加えても良いし、お肉のタレにも使えるし、とっても万能なんですよ!」


 醤油ソーヤソースを味見している料理人さんたちは、先程から僕の配ったレシピを見ながら何かを加える度に味見をしている。

 このソーヤソースも、ゲンナイさんがローレンス商会での試食会の際に持って来てくれたものだ。


「このスパイスも加えるだけで香りが格段に上がるな……」

「こんなに種類があるとは……」

「そうですよね! ここにある以外にも種類が豊富で、色々と組み合わせることが出来るんですよ!」


 カビーアさんから購入したスパイスにも興味津々の様子で、小瓶に入れたスパイスを一種類ずつ開けてその香りを確認している。

 バージル陛下もアーノルドさんもカビーアさんの作るカリーに夢中だったし、これは皆さん夢中になってしまうのでは?


「……何故、ユイトさんが嬉しそうなんですか?」

「え?」


 その声に振り向くと、僕の顔を見ながらイーサンさんが呆れ顔。どうやらこの料理教室が終わるまで僕の斜め後ろそこが定位置らしい。


「だって、美味しいものを共有出来るって嬉しいじゃないですか! それにイーサンさんもフライドチキンとカリー、美味しかったですよね?」

「え? えぇ、それはもう……」

「ですよね! たくさんお替りしてくれましたもんね!」

「う……」


 お店に来た時だって、行商市の時だって、美味しそうに食べていたのを僕は知っている。そんなイーサンさんが珍しかったのか、トゥバルトさんたちはこちらを凝視していた。



「ユイトさん、これはどれくらいとろみをつければいいのでしょうか?」


 そんな中、クルクルの巻き毛を無造作に後ろでお団子に結び、何度もずり下がってくる大きな眼鏡をクイッと直しながら一人黙々と鍋の中身をかき混ぜているこの女性。


「あ! ナタリーさん、とってもいい感じです! じゃあ火を止めて、このバットに移してもらえますか? 空気に触れない様にシートを被せて、粗熱が取れたら冷蔵庫で冷やしてください」

「はい!」


 ウキウキとした様子で作業をこなしていくこの女性の名前はナタリーさん。王宮での勤務歴は三年目で、この調理場では下から数えた方が早いと言っていた。

 いま彼女が作っているのは、皆が大好きなカスタードクリーム。料理長のトゥバルトさんに頼み込み、この担当を申し出たらしい。


「ん~! とっても甘い香りがします……!」

「コレを加えるだけで、グンと風味が豊かになりますからね」

「はい……! 素晴らしい香りです……!」


 ずっと嗅いでいたいと呟いて、うっとりと目を閉じるナタリーさんに周りは苦笑い。だけど僕もその気持ち、ちょっと分かるかも……!

 カビーアさんの持って来てくれたスパイスの中にあった

 その正体はバニラビーンズ!

 コレを加えるだけで、今までのクリームが高級感溢れるものに変わってしまう。その違いを確認してもらう為、今回はバニラビーンズを加えたもの、そして無いものの二種類を作ってもらった。これも大量に作ったから、一口サイズのシューにすればこの調理場にいる全員に食べ比べてもらえると思う。


「あ、ユイトさん! このさやはどうすれば?」


 そう言ってナタリーさんが僕に見せたのは、バニラビーンズを取り除いたさやの部分。


「これは香りも残ってるし、捨てるのはもったいないですね……。また別のお菓子に使いましょう!」

「これも活用出来るんですか?」

「はい! 乾燥したものを粉砕して砂糖に混ぜても良いし、刻んで他の生地の中に練り込んでしまうのも良いと思います」

「なるほど~……! とっても勉強になります……!」

「いえいえ、そんな……」


 ナタリーさんは先程からずっと僕に対してこんな扱い。まるで大先生になった気分になってしまう。この王宮には元々デザート担当と言うものは無かったみたいなんだけど、ライアンくんの作ったオムレットケーキとプリンを食べて以来、ずっとお菓子の事が頭から離れないらしい。

 だから今回の料理教室も、甘いものは是非自分に! とお願いしたみたい。


 そして、そんなナタリーさんの隣で一生懸命に奮闘しているのは……、


「ニコラちゃん、こんなに一気に作って大丈夫……?」


《 うん! おいしいのつくるよ! 》


《 《 《 《 《 にこら、がんばって~! 》 》 》 》 》


 ウェンディちゃんとノアたちの可愛らしい声援を受け、まかせて! と、やる気十分の様子でバットの中身を凍らせていくニコラちゃん。

 どうやらウェンディちゃんにお願いされて張り切っているみたい。イーサンさんも僕の後ろでもう何も言うまいと口を噤んでいる。


「ニコラちゃん、今回のはこのバニラが入ってるから前よりもっと美味しいと思うよ?」

《 そうなの~? まえよりもっとって、ってことでしょう? 》

「ふふ、そうだよ! と~っても!」

《 たのしみ! 》


 にこにこしながらアイスを凍らせていくニコラちゃん。

 ……何となく、前より凍らせるスピードが上がっている気が……。


「あの~……」

「あ、はい!」


 申し訳なさそうに呼ぶ声に振り返ると、そこにはをコトコトと煮込んでいる男性が。


「このくらいで大丈夫でしょうか……? それとも、もっと煮込んだ方がいいんでしょうか……?」


 何ともか細い声で話すのは、ナタリーさんの同期だというブルーノさん。大柄な男性が多いこの調理場で、僕と体格が似ていて少し親近感……。


「あ、少し汁気が多いかな? この煮汁をかけながら、もう少し煮詰めてください。焦げやすくなるので注意してくださいね」

「わ、分かりました……!」


 皆が怯んで(?)なかなか立候補が現れなかったこの料理。……まぁ、想像はつくと思うけど、ブルーノさんは先輩たちに押し付けられた形になっている……。申し訳ないなとは思ったけど、食べたら気に入ってくれると思うんだけどな~。

 あ、どうせならブルーノさんにだけ渡したレシピには載っていない料理を教えておこうかな……?



「……ユイトさん、よくこれだけの人数を相手に違う料理を教えられますね……」


 そんな事を考えていると、イーサンさんが感心した様に言葉を漏らした。


「ん~、いつも作っているレシピなので……。覚えたらそんなに難しくはないんですよ?」

「だとしても、同時進行で十数人も相手にするのは大したものですよ」

「えへへ……! イーサンさんにそう言われると、なんか照れちゃいますね!」


 イーサンさんに褒められたって事は、僕も少しは成長してるのかな? そう思うと嬉しくてついつい口元がにやけてしまう……!

 すると、僕の頭を控えめに撫でる感覚が……。


「ん? あれ? イーサンさん、どうしたんですか?」


 その撫でる感覚は、イーサンさん。無言で僕を見つめながら、優しい手付きで頭を撫でているんだけど……。


「ハァ……。ユイトさんはそのまま成長してくださいね……」

「え? は、はぃ……」


 どうしたんだろう? もしかして、お疲れ気味なのかも……?

 深~い溜息を吐くイーサンさんに、僕は気の抜けた返事しか出来ない。


 そして暫くの間、僕は無心で頭を撫でられていた。


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