第350話 ユイトのお料理教室 ~王宮編~


「ホォ~、ここにチーズを加えるのか」

「はい! 味にコクが出て、サラダに合うんですよ!」

「ユイトさん、これはこのまま?」

「はい! 蓋を開けない様にしてください。中の温度が一気に下がってしまうので」

「成程……」


 漸く始まったお城での料理教室。

 人数が多い為、数人ずつグループに分かれて料理を教えていく事に。事前に手渡したレシピを食い入る様に見つめ、皆真剣な眼差しで調理を進めていく。

 フレッドさんに送った手紙にもレシピは書いたけど、それとは別に、新たに追加したメニューもまとめてある。


「こんな分厚い肉も柔らかく?」

「はい! フライパンで軽く焼き目を付けてから、鍋でとろとろになるまで煮込むんです。少し時間が掛かるんですけど、これはイーサンさんも気に入ってくれてたんですよ!」

「あのイーサンが? それは楽しみだな!」


 そう言って、分厚い豚バラ肉を手際よくカットしていくのは料理長のトゥバルトさん。今回はお米のとぎ汁もあるので、それも捨てずに使用する。


「ユイトさん、このパスタマシンというのはいいですね!」

「あ、便利ですよね! これでかなり時間の短縮ができるなと思って!」


 パスタマシンに興味を示しているのは副料理長のゲイリーさん。ゲイリーさんと一緒のグループにいる料理人さんたちもこれはいいと大絶賛。後で譲ってくれたアイヴィーさんたちのお店を教える事になった。


「このレンジと言う物はかなり興味深いですね……」

「これはヴァルさんっていう方が作ったんです! 冷めた料理を温めるのにも使えるので、便利だと思って持ってきました!」


 レンジに興味津々なのはイーサンさん。何故かずっと僕の傍に付いてくれている。陛下のところに行かなくていいのか心配だけど、もしかしたら僕の様子を見守ってくれてたりするのかな……?

 バージル陛下たちの食事はいつも毒見をしてからで、せっかくの料理が冷めてしまうと聞いた。だから、これがあれば温め直しも出来ると思ったんだけど。

 この反応は手応えあり? これも後でヴァル爺さんのお店を教えないと!


「う~ん……。ライアン殿下が城に帰って来るなり、いきなり料理を始めた時は驚いたが……」

「頂いた料理はどれも美味しかったですからねぇ」

「妃殿下も皇太后様も大変喜ばれて……」


 皆さんの会話の中に、聞き慣れない言葉が……。


「こうたい、ごう、様……?」


 失礼を承知で訊いてみると、イーサンさんが優しく教えてくれた。


「皇太后様はバージル陛下の母君ですよ」

「陛下の……!」


 という事は、ライアンくんのお祖母さんか! どんな人なんだろう?


「ライアン殿下が振る舞われたオムレットケーキとプリンをいたく気に入られてなぁ」

「最近は臥せっていましたからね。笑顔が見られて私共も安心しました」


 臥せっていたという事は、体の調子が悪いのかな……?

 なら、お粥と雑炊の調理方法もちゃんと伝えておかないと!



「ん? どうしたんだ……?」

「何でしょうか……?」


 すると、調理場の外がにわかに騒がしい。全員が手を止め、扉の向こう側を注視している。暫く様子を窺っていると、調理場の外からこの王宮で働く侍女さんたちであろう複数の驚いている声が響いてきた。

 そして微かに、聞き慣れた可愛らしい声が僕を呼んでいるのに気付く。


「ユイトさん?」

「あ! 皆さん、気にせず続けてください!」


 首を傾げるイーサンさんたちにそう言って慌てて扉を開ける。すると、開いた扉の隙間からキラキラと光りながら僕の周りを飛び回る可愛い六人の姿が。

 ウェンディちゃんを筆頭に、ノアとリュカ、テオにニコラちゃん、リリアーナちゃんがふわふわと羽をはためかせている。

 ん~? ウェンディちゃんがいるからか、いつもより眩しい気がするな……。その輝きに思わず目を細めてしまった。


《 ゆいと~! おかしつくってるの? 》


 すると、ノアが楽しそうに僕の手に降り立つ。にこにこと可愛らしい笑みを浮かべ、リュカやテオたちも僕のすぐ傍に飛んでくる。


「ん~、お菓子はこの後だね。今はお米やパスタ料理を作ってるんだよ」

《 そうなの~? うぇんでぃ、あとでだって! 》

《 そっか~ 》


 どうやらお菓子を楽しみにしていたらしいウェンディちゃん。残念そうに肩を落としている。

 そう言えば、チップスが好きだったよなぁ……。久し振りに会ったから、何か好きな物を作ってあげようかな?


「ウェンディちゃん、何か食べたいのある?」

《 え? つくってくれるの~? 》

「うん。僕が持って来てる食材の中なら作れるよ?」

《 ほんと~? 》


 どうしよ~? と両頬を小さな両手で押さえ、うんうんと悩んでいる。その様子を見ているだけで心が和んでしまう。


《 ん~とね……。あ! にこらのあいすがたべたいな! 》

「ニコラちゃんの?」

《 わたしの~? 》


 ウェンディちゃんの言葉に、思わず顔を見合わせる僕とニコラちゃん。皆で遊んでいる時に、ニコラちゃんがお菓子作りにハマっていると話した様だ。


《 ゆいと、つくってもい~い? 》

「僕はいいけど、イーサンさんたちに許可を貰ってからだね」


 教えには来ているけど、お城の食材を勝手に使えないからなぁ。


《 じゃあ、みんなでおねがいしよ! 》

《 《 《 《 《 そうしよ~! 》 》 》 》 》


 そう言うと、ウェンディちゃんたちは一斉にイーサンさんたちの元へと飛んでいく。キラキラと光の粒子が舞っている気が……。

 そしてイーサンさんたちの目の前に来ると、六人は揃って両手を前に組み……。


《 いーさん! おかし、つくってい~い? 》


《 《 《 《 《 おねが~い! 》 》 》 》 》


 パタパタと飛びながら、可愛くおねだりのポーズ。

 ……だけど、イーサンさんを始め、皆さん全く反応がない……。口をポカンと開けたまま、その場で目を見開いている。


《 ……あれぇ? 》

《 はんのうしないね? 》


《 ……あ! こえ、きこえなかったんだ! 》


「《 《 《 《 《 あ! 》 》 》 》 》」


 リリアーナちゃんのハッとした声に、僕も思わず声を上げてしまう。

 そうだ、イーサンさんはリュカやニコラちゃんたちの存在は知っているけど、妖精たちの声が聞こえるとは知らなかった筈……。

 恐る恐る顔を上げると、もの凄い笑顔で僕を見つめるイーサンさんの姿が目に入った。


「……ユイトさん?」

「は、はい……」


 その優しい声が今は恐ろしい……!


「どういう事か、説明をお願いしても?」

「は、はい~……!」


《 ゆいと~…… 》


《 《 《 《 《 ごめんなさ~い…… 》 》 》 》 》


 にっこりと微笑むイーサンさんの圧に、僕は只々頷く事しか出来なかった……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る