第349話 いよいよ
「よし! これで家から持って来たものは全部かな~」
調理場の隣にある侍女さんたちの食堂スペースを借り、トーマスさんから預かった
ヴァル爺さんのレンジにミキサー、アイヴィーさんのお兄さんたちが譲ってくれたパスタマシンに、ローレンス商会で購入した食材と、カビーアさんとゲンナイさんの食材も並べている。
「トーマスさん、僕に持たせて大丈夫なのかな……?」
貴重だという魔法鞄。そんな大事な物を、使うだろうからと言って家を出る前に僕にひょいと手渡してくれた。
( 正直、すっごく助かるけど…… )
イーサンさんの計らいで、現在この広い食堂には僕一人。
人目を気にする事なく準備が出来て助かったけど、後でトーマスさんとイーサンさんに改めてお礼を言わなきゃ。
そんな事を考えながら、トーマスさんがいつも身に着けている毛皮で作った“尻当て”に見せかけた魔法鞄を手に取る。
( ……誰も居ないし、ちょっとだけ…… )
手に持った魔法鞄を、そっと腰に巻いてみる。
少し年季が入っているけど、それもまた渋くてカッコいい……!
「おぉ……! トーマスさんみたい!」
「ん、ふふ……」
「えっ!?」
突然背後から聞こえた笑い声に慌てて振り返ると、いつの間にかイーサンさんが……。
「すみません。何度かノックをしたのですが、返事がなかったもので……」
「い、いえ……」
「ユイトさん、似合ってますよ」
僕を見つめ、にこにこと笑みを浮かべているイーサンさん。
よく見るとその肩が微かに揺れている……。まさかこんな所を見られてしまうなんて……。
「う……、トーマスさんには内緒にしてください……!」
「ふふ、はい……」
「絶対ですよ!?」
「勿論です」
そう言いながらも僕の目を決して見ようとしないイーサンさん。
イーサンさんには試食のデザートを作りませんと言うと、漸く口外しないと約束してくれた。
*****
「うわぁ~! 中も広いんですね~!」
「量が量ですからね」
僕たちがいるのは調理場のすぐ隣に併設されている食糧保管庫。ここでも魔核が使われているらしく、中は肌寒い程にヒンヤリとしている。いわば一室丸々冷蔵庫。
「ユイトさん、上着を羽織らないと風邪を引きますよ」
「あ、ありがとうございます!」
イーサンさんが保管庫専用の暖かい防寒着を肩にかけてくれた。この防寒着には“コディアック・グリズリー”という熊の魔物の毛皮が使われているらしく、アレクさんたちが倒したあの大きな熊の魔物を思い出した。
「ここにある食材、本当にどれを使ってもいいんですか?」
料理教室で使用する食材を選別していく事になったんだけど、壁一面に設置された棚板にはまるでお店の様に凄い量の牛乳やチーズなどの冷蔵品が並んでいる。奥は冷凍庫になっていて、大きな塊のままのお肉が並んでいた。だけどあの量で一週間分なんだって……。王宮で働く人数が多いから、すぐに使い切っちゃうらしい。それに早めに食べ切らないと、冷凍焼けで味が落ちるとも。以前ローレンス商会のクリスさんが教えてくれた様に、冷凍焼けが解決されないと海鮮類を仕入れるのは大変そうだ。
こういう時、
「この辺りの食材はよく使用するので、私たちも参考に出来れば」
イーサンさんの他にも僕に付いてくれている人が。
一人は王宮の副料理長だというゲイリーさん。物腰柔らかな、優しそうな雰囲気の男性だ。
そしてもう一人。
「あぁ! 陛下たちが絶賛する料理をこの目に焼き付けないといけないからな!」
何を隠そう、この宮廷料理人たちのトップである料理長のトゥバルトさんだ。
そう言ってガハハと笑いながら、僕の頭をワシワシと撫でてくる。このカンジ、イドリスさんに似てるかも……。イーサンさんとゲイリーさんに注意されてシュンとしているこの人がこのお城の料理長……。
う~ん。失礼だけど、ちょっと安心してしまった……。
*****
「皆さん、大丈夫ですか……?」
「え、えぇ……!」
「ちょっと怯んじまっただけだ……!」
「怯んでるんじゃないですか……」
「「うぅ……ッ!」」
何故皆がこんな嫌そうな表情を浮かべているかというと……。
「噂には聞いていたが、まさか本当に内臓を食らうとは……」
「料理長……! 陛下も召し上がったんですよ! 下手な事言わないでください……!」
「そうですよ!」
王宮に来る前、肉屋のデニスさんのお店にお願いしていた牛・豚・鳥の内臓を調理場の作業台の上に並べていると、トゥバルトさんが興味津々といった様子で僕の背後から顔を覗かせた。
そしてその内臓を見て後退りながら、引き攣った笑みを浮かべている。僕たちの周りにいる料理人さんたちも皆同じ表情だ。
「イーサンさんも気に入ってくれたんですよ?」
「はい。とても美味しく頂きました」
「えへへ……! 今日のはもっと美味しいと思います!」
「ほぉ……! それは楽しみですね!」
あの時の鶏もつ煮込みとはまた違う美味しさがあるからね! お酒が好きなイーサンさんなら好きになってもらえると確信している。
「よし! 僕の準備は整いました! 始めても良さそうですか?」
「えぇ、こちらもいつでも」
副料理長のゲイリーさんの言葉に、僕はピシリと姿勢を正し、顔を上げる。
「では! 早速始めたいと思います! よろしくお願いします!」
「「「お願いしますッ!」」」
お料理教室、いよいよスタートです!
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