第346話 謁見


「では、皆様こちらでお待ちください」

「はい。ありがとうございます」


 準備があるというライアンくんたちと別れた後、侍女さんに案内されて僕たちは数多くある部屋の一室へと通される。ヴィルヘルムさんたちはバージルさんたちへの挨拶が終わるまで別室で待機してくれる事に。

 あの屋敷から王宮に保護されて二十日以上も経っているからか、三人とも慣れた様子で王宮内を歩いていた。侍女さんとも仲が良さそうだ。


「さ、もうすぐ謁見えっけんの時間だ。皆、挨拶の言葉は覚えているかな?」


 トーマスさんがレティちゃんとハルト、ユウマの三人に優しく問いかける。


「だいじょうぶ、です! ねっ! れてぃちゃん、ゆぅくん!」

「うん! れんしゅうしたもん!」

「ん! ゆぅくんもねぇ、だぃじょぶ!」


 そう意気込んでいる三人の後ろでは、オリビアさんがソファーに腰掛け、トーマスさんの魔法鞄マジックバッグの中から何かを探している。メフィストもオリビアさんの膝の上で鞄の中を興味深そうに覗き込んでいた。


「ユイトくん、練習したの覚えてる?」

「何とか……。バージルさんの事も、ちゃんと間違えない様に“陛下”って呼ばないと……」


 あまりにも“さん”付けが馴染んでしまったせいか、国王様だという事を度々忘れてしまう。ライアンくんの事も、つい“殿下”を付けるのを忘れて……。

 これは早々に直さないとマズい……。


「バージル陛下、ボクが想像していたのと全く違ってたな……」

「あぁ~! 陽気な人だもんね」

「うん……」

「確か僕たちの村の周辺に来る時は、『王族として扱わない様に』って言ってるらしいよ」

「そんな……、無茶苦茶な……」

「だよねぇ~」


 僕も最初は知らなかったけど、バージルさんの事を知れば知る程“自由奔放”という言葉がピッタリな人だと思ってしまう。

 それに付き合わされているイーサンさんもアーノルドさんも大変だ……。

 そんな事を考えていると、僕たちを呼ぶオリビアさんの声が。何事かと振り向くと、満面の笑みで両手に掲げているモノ……。


「ほら! これも忘れちゃダメよ~?」

「あぅ~!」


 メフィストも同じく満面の笑み。

 なるべく触れない様にしていたけど、やっぱり忘れてなかったか……。

 これはもう腹を括るしかないな……。






*****


「皆様、お時間です」

「はい」


 準備を終えた僕たちは、先程とは違う侍女さんに案内されバージルさ……、バージル陛下の待つ謁見の間へ。

 長い廊下を進むと、その先に重厚な扉が現れた。扉の両側には強面の兵士さんが見張りの為に立っている。

 その扉の向こうには、バージル陛下に初めて会う王妃様も……。

 ハァ~……、いつになく緊張するな……。名前も間違えない様にと、頭の中で何度も何度も復唱する。


「へいたいさん、かっこいいです……!」

「かっこいぃねぇ……!」


 ハルトとユウマはひそひそと小声で話しているつもりのようだけど、それを聞いていた兵士さんが二人とも口角を上げるのが分かった。前を歩く侍女さんのちらりと見える横顔も、どことなく笑みを浮かべている気が。

 レティちゃんも飄々としているし、三人とも肝が据わっているというか、緊張している僕とユランくんとは正反対だ……。


「私はここで失礼致します」

「あ、はい! ありがとうございます!」


 ハルトたちも僕と一緒に頭を下げお礼を伝えると、侍女さんは最後に、新しいレシピ、私共も楽しみにしておりますと言ってくれる。

 それを聞いて、少しだけ緊張が解れた様な気がした。



「ほら、ユイト。もうすぐだ」

「は、はい……!」


 トーマスさんの声に背筋を伸ばすと、兵士さん二人によって重厚な扉が開かれる。長い深紅色の絨毯の先にある玉座には、にっこり微笑み楽しそうなバージル陛下。やっぱり国王様なんだ……。玉座に座っていると纏うオーラが違う。

 その隣には、柔らかい笑みを携え僕たちをまっすぐに見据える王妃様が……。


( ライアンくんと雰囲気が似てるかも…… )


 そして僕たちの前にいたトーマスさんとオリビアさんが跪き、頭を垂れる。それに続いて僕たちも跪く。ハルトとユウマも教わった通りに出来ている様だ。

 先ずトーマスさんが口上を述べ、オリビアさんと僕、ハルトと順に名を告げていく手筈になっている。そして僕の挨拶の番。



「先程ご紹介に与りましたユイトと申します。バージル陛下、レイチェル妃殿下におかれましては、ますますご壮健のご様子、何よりと存じます。この度は私のような若輩者がこのような大役を仰せつかりまして、身に余る光栄です。皆様に御満足頂ける様、精一杯尽くしてまいります」



( ~~~っ! 噛まずに言えた~~~……っ! )



 心配していた口上を無事に言い終え、ホッと胸を撫で下ろす。僕はある意味、一仕事やり終えた感が……。

 そして次は、たくさん練習したハルトたちの挨拶だ。


「わたくしのなは、ハルトと、もうします!」

「わたくちのなは、ユウマと、もぅちまちゅ!」

「わたくしのなは、レティともうします」

「あぅ~!」


「「「ばーじるへいか、れいちぇるひでんか、おあいできて、こうえいです(しゅ)!」」」

「あ~ぃ!」


 何故か予定に無かったメフィストも加わり、四人の可愛らしい声が謁見の間に響いていく。


 まだバージル陛下からの許しを得ていない為、顔は上げてはいけないけど、トーマスさんとオリビアさんは今頃ニヤケない様に唇を噛み締めていそうだ……。



「んっ、……ふふ」



 シンと静まり返る中、鈴を転がした様な可憐な笑い声が小さく聞こえた気がした。

 だけど顔を上げてはいけない。確認するまでもなさそうだけど、これは皆気付かないフリをした方が良さそうだ……。

 そして最後にユランくんの挨拶が終わり、ここで漸くバージル陛下から面を上げよとお許しが。


「皆、長旅ご苦労! といっても三日振りだがな!」


 ガハハと豪快な笑い声を上げてバージル陛下は満面の笑み。この笑顔につい安心してしまう。両側に待機するイーサンさんとアーノルドさんも僕たちを見て笑みを浮かべていた。


「……コホン。先程は、失礼致しました。皆さまにお会い出来るのを楽しみにしておりました……」


 そして頬に少し赤みを帯びたまま、レイチェル妃殿下は柔らかい笑みを向けてくれた。


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