第327話 再び


「ユイト、もうすぐだぞ」

「はい!」


 トーマスさんの声に自分の荷物を再度確認。そしてゆっくりゆっくりと減速し、馬車は孤児院の少し手前で停車する。

 孤児院に向かう最中、見慣れた景色にもしかしてと思っていたけど……。


「いやぁ~……。まさか、ここだとは……」


 まさか昨日の今日でまた来るとは思ってなかったな……。

 前方に荷馬車が数台停まっている為、あまり近くには行けそうにない。

 多分、フレッドさんが手配してくれた食材や調理器具だろう。荷馬車と教会の裏手にある孤児院へと数人が慌ただしく行ったり来たり。

 もしかしたら、早く来過ぎたかも? でも、準備の手伝いと調理器具の確認をすればいい時間になるかな?


「ん? ユイト、知ってたのか?」

「あ、はい……。実は昨日、アレクさんに連れられてお邪魔したんです」

「あぁ……。ここがアレクの育った孤児院だったのか……」


 トーマスさんも知らなかったのか、少し間を置いた後、……まさかなぁ、と小さく呟き首を傾げていた。


「さ、行って来ようかな!」


 肩掛け鞄の中にはお米を使ったレシピと、子供たちが好みそうな比較的安くて簡単なお菓子のレシピが数枚ずつ入っている。もし時間が余ったら、これを作ってみるのもいいかも知れない。

 すると、僕の服をクンと引っ張る感覚が。振り返ると、ユウマたちが立ち上がった僕を見上げてニコニコと笑みを浮かべていた。


「にぃに、がんばってね!」

「みんな、おにぃちゃんのごはんたべたら、むちゅうになっちゃいます!」

「おいしいのは、わたしたちがほしょうするもん!」

「あぃ!」


 ふんと鼻を膨らまし、僕を激励してくれるその姿に、自然と笑みがこぼれてしまう。オリビアさんとトーマスさん、そしてユランくんも釣られて笑っている。


「ふふ、皆ありがとう。じゃあ、行ってくるね」

「「「いってらっしゃい!」」」

「あ~ぃ!」


 あんなに可愛い応援をされたら頑張るしかないよね?

 優しい弟たちに見送られ、僕は孤児院へと足を進めた。






*****


「まさか貴方が講師の方だとは……」

「あはは……。僕もまさかでした……」


 教会の入り口にいた修道女シスターさんに挨拶をすると、まさか僕が来るとは思わなかったと顔を見てとても驚いていた。昨日はバザーの準備で皆忙しそうだったのに、僕なら子供たちも喜ぶだろうと言ってくれて正直ホッとした。


 そしてシスターさんに案内され、商会の人達が食材を運んでくれている裏の孤児院へと向かうと……。


「……これはまた、スゴイ量ですね」


 今僕とシスターさんの目の前には、ドドンと大量に積まれた米袋が……。その傍らには、米粉と餅粉、その他の食材も一緒に積まれている。


「私共もここまでとは……」


 シスターさんや運んでいる商会の人も驚く程の米の量。他の孤児院から来る人達に教える分も入っているんだろうけど、ローレンス商会からの物資は孤児院の保管庫の半分を埋め尽くそうとしていた。


「今日皆さんに作ってもらう分を差し引いても、当面は賄えますよ」


 聞き慣れた声に振り返ると、そこにはローレンス商会の会長ネヴィルさんが。


「あ! ネヴィルさん、今日はありがとうございます!」

「いえいえ、今日は商会にとっても大事な日ですからね」


 どうやら商会の扱う新たな食材を広める大事な日だと、多忙な中わざわざ見に来てくれたらしい。これは僕も更に気を引き締めなければ……!


「それに、ユイトさんの事です。新しいレシピも拝見出来るのではないかと思いまして」

「あ、それもあるんですね……」

「勿論です。見過ごす手はありません」


 まさかお米のレシピをチェックしに来ていたとは……。


「ユイトさんの料理は美味ですからね……。今日も期待していますよ」

「が、がんばります……!」


 ニッコリと微笑むネヴィルさんの言葉に、シスターさんもそんなに美味しいのですか? と興味深そうに僕の顔を見つめている。こ、これは責任重大だ……!


 そして僕はシスターさんとネヴィルさんに断りを入れ、今日使用する予定のお米以外の食材と調理器具の確認へ。

 シスターさんと子供たちも使用する為、問題がないか念入りにチェック。

 特別な器具は何もなく、予めシスターさん達が普段使用している使い慣れた鍋よりも少し大きいくらいの鍋を準備してもらった。

 これなら扱いやすいだろうし、お米を炊かない日も他の料理に使えるからね。


「ネヴィルさん、先にお米を水に浸けておきたいんですけど使っても大丈夫ですか?」


 準備してもらったボウルとザルを手に取り、米袋の元へ。


「えぇ、構いませんよ。でも皆さんと一緒にはしないのですか?」

「お米の浸水は今の時期だと時間が掛かっちゃうんです。予め浸水させたモノを用意してあれば、皆さんが練習したモノと入れ替えて時間を待たずに炊けるかなと。それに皆さんが浸けた分は夕食にも使えますし、水を吸う前と吸った後のお米の状態も分かりやすいと思うんです」

「成程。比較するにもいいんですね」

「そうなんです。教えるのに時短にもなるし、その間に違う料理も教えられるかなと思って」


 用意しておいたレシピを手渡すと、ネヴィルさんは真剣な表情で食い入る様に目を通している。


「レシピは弟たちが好きなメニューを選んでみました。これなら食べやすいかなと思って。ネヴィルさんも気に入ってもらえると嬉しいんですけど」

「コメを使った料理がこんなにあるなんて……。やはり私の目に狂いは無かったようです」


 そう言って、ネヴィルさんはまたニッコリと目を細めた。

 一緒にレシピを見ていたシスターさんも、色々あるんですねと感心した様に呟いている。


「あ、この粉で甘いデザートも作ろうと思ってるので! シスターさんも楽しみにしておいてくださいね!」

「まぁ! 本当ですか? 楽しみだわ……!」


 デザートと聞いて、シスターさんの頬が緩む。

 あまりにも嬉しそうに微笑むものだから、これは気合を入れて頑張らなくちゃと再度気合を入れ直した。


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