第323話 王都でデート ~宣言~
王都の景色を満喫した後、僕はアレクさんに案内され約束していたポーションが置いてある薬屋へと向かっていた。
「ここが南地区の大通りですか~!」
お店が並んでいると、つい掘り出し物が無いかキョロキョロと店先を覗いてしまう。服屋もあるし、メフィストの涎掛けがあるか覗いてみたいな。あ、ユウマ用に本が売ってないか探してみたいかも。
すると、アレクさんが急に僕の肩を引き寄せた。
「わっ!?」
「ほら、ユイト。あんまりフラフラしてると……」
「うわっ!? す、すみませんっ! 大丈夫ですか!?」
次の瞬間、僕の目の前にあったお店の扉が勢いよく開き、危うく顔面から激突するところだった。
お店を見るのに夢中になって、いつの間にか周りが見えてなかったみたいだ。扉を開けた人も慌てた様子でぺこぺこと頭を下げ謝罪してくれる。
僕も不注意だったからと互いに謝り、何となく気まずくて僕はアレクさんの手を引き足早にその場を離れた。
「ユイト、ちゃんと前向いて歩こうな?」
「……はい、気を付けます」
いつもならハルトとユウマに注意している側なのに……。今の僕はハルトたちには見せられないな、と心の中で反省。
アレクさんの顔を見ずにお礼を言うと、笑い声を押し殺しているのが伝わってくる。アレクさんも呆れてるだろうなと思うと少し恥ずかしい……。
*****
気を取り直し目的の薬屋に入ると、店内には僕たちの他にもお客さんがたくさん。冒険者さんや商人さん御用達のなかなか繁盛しているお店らしい。
「あ! これがポーションですか?」
「そうそう。大事なモンだから、ユイトも覚えといた方がいいぞ?」
僕の目の前にある棚一面に、細長い小瓶に入った緑色の液体がズラリと並んでいる。中身が漏れない様にコルク栓で密封され、光が反射してとてもキレイだ。
そう言えば、あのカカオを売っていたおばあさんのお店にも同じ様な小瓶がたくさんあったな……。やはり旅の必需品らしく、周りにいた冒険者さんの手には複数のポーションが握られていた。
「あれ? あの人たちが持ってるのは色が違いますね?」
ふと会計をしているお客さんの手元を見ると、ここに並んでいるポーションとは少し違う様に感じる。
「あぁ、ポーションって言っても種類があって、下級、中級、上級って分かれてるんだ。軽い怪我と熱ならこの下級ポーションで十分だよ。森の中やダンジョンに入ったら医者なんかいないだろ? だからポーションは必ず持ってく。こういうの、トーマスさんが持ってるの見た事ない?」
「ん~……? 記憶にないです……」
今ここにあるのは緑色の下級ポーションで、中級、上級は店の奥にあり、店員さんに伝えて出してもらう仕組みらしい。
トーマスさんの
「……あ。ポーションって、ブレンダさんの持ってるグロディなんちゃらのエキスと似てる気がします……」
「あ~! グロディアス・ブロムホフィか。そう言えば持ってたな~……、って。凄い顔になってるけど?」
「……あの味を思い出しちゃって」
「えっ!? ユイト、アレ飲んだのか?」
そう驚きながらも、アレクさんは僕の顔を見て笑っている。アレクさんは飲んだ事はないらしいけど、相当苦いと噂になってるって。ブレンダさんがそのエキスを入れたのを知らずにオリビアさんと三人で試食し、慌てて牛乳で流し込んだと話すとアレクさんはまた笑い出す。
他人事だと思って……!
「……かなり苦かったですけどね。翌朝は快調でしたよ? オリビアさんも体が軽いって喜んでました!」
「へぇ~! やっぱ人気なだけあるな」
「トーマスさんも高価な物だって言ってましたけど……。そんなに人気があるんですか?」
確かにあの二、三滴で体の疲れが取れるのは魅力的だと思ったけど、口の中が大変な事になったからなぁ~。
「そりゃ貴族でも滅多にお目に掛かれない、入荷待ちの希少アイテムだからな。確か……、半年か一年待ちだったかな?」
「そ……、そんなに……!?」
滋養強壮剤として貴族の、特に年配の男性が買い求めているらしい。あとは美肌効果もあるらしく、同じく貴族の御婦人方から人気なんだって。
だからブレンダさんが余計な事をしない様にって、トーマスさんが見張ってたのか……。そりゃそんな高価なモノをポンと入れたら怒られちゃうよね……。
でもあのエキスのおかげで、ユランくんも回復したもんね。
そんな会話をしながら店内の商品を眺めていると、奥の方が何やら騒がしい。一人の男性が店員さんに何か一生懸命話しかけているんだけど、その声が大きくて店内中に響いている。
「どうしたんでしょうね?」
「なんか揉めてんな……」
聞き耳を立てている訳ではないけれど、如何せん話し声が大きいもので……。嫌でもその内容が耳に入ってくる。
周りのお客さんも、何事かとその様子を窺っていた。
「一つだけでも買取してもらえませんか?」
「何度言われても、これは当店では買取出来ません……」
「そこを何とか! お願いします……!」
ボサボサの髪を後ろに束ね、ひょろりと背の高いその男性は、店員さんに断られても何度も何度も頼み込んでいる。話を聞くと、自信作なのにもう何件も買取を断られてここが王都の中で最後の店らしい。
お金も底をつきかけて生活がままならないと、泣き落としに掛かっている気が……。
「……アレクさん、あの人が持ち込んだの何でしょうね……?」
「何だろうな? この店に売り込みに来るって事は、多分薬師だろ?」
「……ですよねぇ?」
あんなに必死に売り込んでるモノ、ちょっと見てみたい気もするなぁ。
「でもね、ジェイソンさん……。治療の役にも立たないモノを持ってこられても、こちらとしても困るんですよ……」
「……なっ!? これは立派な治療薬です! 傷は体だけじゃない……! 患者の心を癒すモノが必要でしょう!?」
そう言ってカウンターを叩いているけど、あのジェイソンさんという男性の言う事は僕も賛成。
心のケアは大事だよね……。
「それは私も同意しますが、噂では貴方が最近作ってるのは酒を飲まなくても酔った気分になれるとか、心が開放的になるとか……。ちょっと怪しいモノばかりじゃないですか……」
「うっ……! そ、それは……」
あ~、それは確かに……。ちょっと怪しいと思っちゃうなぁ……。アレクさんも店員さんの言葉にうんうんと頷いている。
これはジェイソンさんの分が悪いかも……。
いつしか店内のお客さん全員で、ジェイソンさんと店員さんとのやり取りを見守っていた。
「それにねぇ、以前の貴方なら飲み薬も塗り薬も全て最高級でどの店も高値で買い取っていたのに、どうして急にこんなモノを……」
そう言う店員さんの言葉にジェイソンさんは気まずそうに俯き、もういいです、と肩を落としてカウンターに広げていた薬を集めていた。
アレクさんは僕の手を引き、耳元でもう店を出ようと小声で耳打ち。僕もそれを承諾する。
だけど、やり取りの内容だけはしっかりと耳に入ってくる。
様子が気になり、手を引かれながらカウンターの方を振り向いた瞬間、目の前には早足で扉へと向かって来るジェイソンさんの姿が。
あ、マズい
そう思った次の瞬間、ガシャンと瓶の割れる音と、アレクさんの叫ぶ声。そして僕の視界がくらりと歪む感覚が……。
「……イト! ユイト! 大丈夫か!?」
「……うぅ、だぃ、じょうぶ、です……?」
一瞬だけクラッとした気がしたけど、アレクさんの必死な声で意識が戻った様な……?
ぶつかりそうになった瞬間、アレクさんが腕を伸ばして庇ってくれたけど、ジェイソンさんの腕から落ちた薬品が僕の足元で割れ、液体がべっとりと僕の服にかかっていた。
その匂いのせいか、頭がぽわぽわする……。
ジェイソンさんは真っ青になって僕とアレクさんに謝っているけど、その様子を眺めているとちょっと楽しくなってきた。
( ……それに、何だかすごくアレクさんがカッコよく見える )
「え?」
「ん~? あれくさん、どうしたんですかぁ?」
僕の様子を心配していたアレクさんが、一瞬呆けた様に口を開け止まってしまう。
「あ! そのかおも、すっごくかわいぃ~!」
ジェイソンさんも周りの人達も、僕を見てポカンとしている。皆、同じ表情だ~! 面白くなって、つい声を出して笑ってしまった。
「……なぁ、もしかしてだけど……。アンタの持ってた
「す、すみません……! 酔った気分になれる薬と、心のモヤモヤを吐き出す薬です……!」
「やっぱり……」
「……あと、他にも色々……」
「勘弁してくれよ……」
アレクさんはガックリと肩を落とし、深い溜息を吐いている。
ジェイソンさんは何度も何度も僕とアレクさんに頭を下げ、この瓶の中身の事を説明している。店員さんや周りの人達も、心配した様に僕に声を掛けてくれる。
「だぃじょうぶですよ~! じぇぃそんさん、げんきだしてくらさ~ぃ!」
なんだろ~? とっても気分がいい。ふふ、アレクさんの周りだけキラキラして見れる! あ、もしかしてノアが内緒でついて来てるのかも……?
もう~! オリビアさんが二人にしてあげてって言ってたのに~!
「……ハァ。……とりあえず、体に害はないんだよな?」
「は、はい……! 気化した薬を吸い込んだだけなので、効果もすぐに切れると……」
「念の為、アンタの連絡先訊いとく」
「……はい、それは勿論です……」
アレクさん、今度は眉間に皺が……。
眼つきが鋭くなって、それもカッコいい!
「いたっ!」
「……ユイト、ちょっと喋るの禁止な」
「えぇ~? なんでですかぁ~?」
むふふと笑う僕のおでこにデコピンし、アレクさんはおでこを手で押さえる僕を抱えて立ち上がる。周りの人達もホッとしていると言うか、呆れていると言うか……。何とも言えない表情を浮かべて僕を見つめていた。
*****
「ユイト……、いま結構眠いだろ?」
「……ねむくなぃです」
馬車に揺られながらアレクさんに寄り掛かっていると、一瞬だけ頭がカクンと下がった気がした。ハッとして慌てて姿勢を正すと、アレクさんは僕がもたれやすい様にいつの間にか背中に腕を回して支えてくれている。
……確かに、瞼が少~し下がってくるなぁとは感じてたけど、決して眠い訳じゃない。街の景色も馬車に乗っているお客さんもさっきと大分違うけど、きっと気のせいだ。
「着くまで時間掛かるから、それまで眠っとく?」
「……ねなぃです!」
せっかく二人で出掛けてるのに、眠るなんて時間が勿体ない!
明日も明後日も予定が埋まっていて、二人でいられるのは今日だけだ。帰路の間も眠くないのに何度も出てしまう欠伸を噛み殺し、必死に眉間に力を入れる。
「朝早かったからなぁ……。ムリせずに寝てていいぞ?」
「……だぃじょうぶです!」
アレクさんは僕を見て困った様に笑っている。ふと視線を動かすと、向かいに座っているお姉さん達がアレクさんの事をチラチラと見ている気がして、思わずアレクさんにぎゅっとしがみつく。
「……ゆ、ユイト?」
「むぅ……」
すると、お姉さん達は口元を隠しながら何やら楽し気に目を細めてコソコソと話し始めた。
おかしい……! そんな目で見ないで欲しいと抗議の意味を込めて抱き着いたのに、まるで効いていない……。
さっきもそうだった! 薬屋さんを出た後、アレクさんに声を掛けてくる女の人達がいたから、恋人は僕ですって腕にぎゅっとしがみついてアピールしたのに、その人達は可愛い可愛いと言うだけでちっとも効果が無かった……。
それに、今だってアレクさんが見たがってた猫耳のフードを被ってるのに、アレクさんは無反応。僕がお子様すぎるから? それはそれでショックなんだけど……。猫の鳴きマネしたらいいのかな? そうすれば反応してくれる?
「あれくさん、あれくさん」
「ん? どうし……」
「……にゃあ?」
「グッ……!?」
小首を傾げ、アレクさんを見上げながら鳴きマネをすると、何故かアレクさんが咽始めた。
むぅ……! あんまりアレクさんには気に入ってもらえなかったみたいだ。その反面、向かいのお姉さん達はアレクさんと僕を見て何やら騒いでいる様子。
「……ユイト、眠くて頭回ってないな……」
アレクさんが何か言った気がしたけど、僕はお姉さん達を牽制するのに忙しい。僕が成人前だからって、甘く見ないでほしいものだ!
ユウマの様にふんふんと鼻息を荒くすると、やっぱりこのお姉さん達も可愛いと言って楽しそうだ。
「……ハァ。家に着くまでに戻るかな……」
ふと隣を見ると、アレクさんが頭を抱えて溜息を吐いている。
その横顔も、憂いがあってカッコいい!
そんな事を思っていると、アレクさんが顔を赤くしながら僕の唇を軽くつまんだ。
「ユイト~、頼むから良い子で寝ててくれ」
「……や、です!」
僕の言葉にアレクさんは溜息を吐き、向かいのお姉さん達はきゃあきゃあと楽しそうだ。
これは家に着くまで油断出来ないかもしれない……!
アレクさんの恋人は僕だって、街の人にアピールしなきゃ……!
*****
「ユイト、ほら。誰も気にしてないから」
「……恥ずかしくて、もう王都の中を歩けません……」
「ユイト~……」
ジェイソンさんの薬のせいか、帰ってくるまでにアレクさんにも街の人達にも迷惑を掛けたみたいで……。
アレクさんの恋人は自分だとアピールし、あんなに恥ずかしかった猫耳のフードまで被っているところで徐々に効果が薄れ、僕の思考も正常になって……、いる筈だよね!?
乗客の人達には見せつけられちゃったわ! とウインクされ、御者さんには面白かったよと笑われて……。顔から火が出そうだった……。
アレクさんはトーマスさんとオリビアさんに謝罪すると言ってたけど、あんな失態、皆には絶対知られたくない! だから秘密にしてもらう事にした。
乗合馬車に揺られている間に日は落ち、降りる頃には辺りはすっかり暗くなっていた。あんなに楽しかったデートも、もうお終い。家に着くのを何とか引き延ばそうと、僕はノロノロと歩いているけど……。
「……着いちゃいました」
「だな」
無情にも、僕たちの目の前には立派な家の門が……。
「今日は朝から連れ回してごめんな? 疲れただろ?」
「……大丈夫です。すっごく、楽しかったです! あと、ミサンガも嬉しい……」
「そう言ってもらえるとオレも嬉しいよ。でも、最後の最後であんな事になるなんてな……。本当にトーマスさんとオリビアさんに謝らなくていいのか?」
「だ、大丈夫です!」
「そうか? ユイトがそう言うなら……」
門を開けて僕を中に入ったのを確認すると、くしゃりと僕の髪を撫で、穏やかな目で笑うアレクさん。門灯の灯りにほんのりと照らされ、僕からはアレクさんの顔がよく見える。
「じゃあ……、そろそろ帰るな」
「……え? 夕食、ここで食べて行かないんですか?」
「あぁ、朝からユイトの事連れ回したからな。今日は遠慮しとくよ」
もう少し一緒にいたいのに、アレクさんは家に寄らずにそのまま帰ろうとする。
「今日はありがとう。朝から一緒に過ごせて嬉しかった」
「……僕も。僕も、嬉しかったです……!」
「じゃあ、また」
「……はい」
そして、今日は別れのキスもないまま、アレクさんは一緒に来た道を戻って行く。
……なんで? どうして?
少しずつ遠ざかるアレクさんの後ろ姿を見ていたら、何だか胸が苦しくなってきた。ジュクジュクした胸の痛み。思わず涙がポロリと零れ、俯いてしまう。
「ふ……」
泣きたくないのに、次から次へと涙がポロポロと溢れて止まらない。もしかして、薬の効果が残ってる? 両手でゴシゴシと擦っていると、不意に足音が聞こえてきた。
「ユイト……? どうした?」
「……アレクさん」
「どっか苦しい? 痛むのか?」
違うとフルフルと首を横に振るとアレクさんは僕の前髪を優しく払い、心配そうに顔を覗き込む。
「……アレクさん」
「ん? 何?」
「……なんで、キスしてくれないんですか?」
「へ?」
本気で心配してくれているアレクさんの顔が固まった。
何だか、こんな事をウジウジと悩んでいるのは自分だけなのかと悲しくなってきた。
「……前も、口にしてくれなかったし。それに、今日だって……」
情けないくらいに溢れてくる涙を止めようと、両手で必死にゴシゴシ擦るとアレクさんが慌てて僕の手を止める。
「ユイト、それは……」
「どうしてですか……? 僕、知らない間に、何かしちゃいましたか? もう、してくれない……?」
「いや! それは絶対ない!」
「……ほんとう、ですか?」
「あぁ。本当」
真剣な表情で頷くアレクさんに、僕も少しだけ安堵する。
「……あぁ~……」
すると、頭をガシガシと掻きながら苛立った様に声を上げるアレクさん。その声に思わず肩が跳ねた。
「ユイト、ちょっとこっち来て」
門から出ると、そのまま手を引かれ灯りの届かない壁の奥へと連れられて行く。隣の家との外壁の間。この時間はほとんど誰も通らない。
スンスンと鼻を啜っていると、アレクさんが僕を引き寄せ、力いっぱい抱き締める。
「ユイト、ごめんな。まさかそんな風に考えてるなんて思わなくて……」
そう言って、僕の髪に鼻先を埋めているアレクさん。抱き締められるとドキドキして、それでいてすごく安心する。
「言い訳じゃないんだけど……、聞いてくれるか?」
「……はい」
「オレさ、ユイトが成人するまでキスはしないって決めてたんだ」
「えっ!? どうして!?」
それを聞いて、思わず涙が引っ込んでしまった。
「……恥ずかしいけど、トーマスさんとオリビアさんに認めてもらうって言うか、願掛けと言うか……。ケジメ?」
「ケジメ?」
「うん。でもさ、ユイトを不安にさせたら意味ないから、この際ハッキリ言うな?」
アレクさんはそう言うと、一つ咳払いをし、僕の目を見て真剣な表情で口を開いた。
「ユイトが成人したら、プロポーズするから」
「え?」
突然の宣言に、思わず固まってしまう。
……プロポーズ?
プロポーズって、あの?
「オレ、ユイトを手放す気なんてさらさら無いから。覚悟しといて」
「……ほ、ほんとうに?」
「本当に」
まさかトーマスさんが言っていた事が本当になるなんて……。そりゃ、僕もアレクさんと一緒に暮らしたらって妄想はしてたけど……! してたけど……。
胸の鼓動が、アレクさんに聞こえてるんじゃないかと思うくらいドクドクと体中に響いている。
「じゃあ、僕が成人するまではキスは……?」
「……しない」
少しだけ間があったけど、とても真剣な表情だ。
冗談じゃないみたい。
「……僕、アレクさんがそこまで真剣に考えてくれてるなんて知らなくて……。すごく嬉しいです! ……でも」
「でも?」
「僕の故郷の事……。ちゃんと話さなきゃって……。でも、言うのにまだ勇気が無くて……」
アレクさんが真剣なら、尚更だ。
でもまだ少しだけ怖い。
「ちゃんと話すので……。アレクさん、その時は聞いてくれますか?」
「あぁ、勿論。でも、焦らなくていいからな? 話したくなったら、いつでも聞く」
「……はい」
アレクさんの本心も聞けたし、こんなに想ってくれてるなんて夢にも思わなかった。だから、僕もその気持ちに答えないと……!
「じゃ、じゃあ……。僕も、我慢します……」
「え?」
「……キス。僕からもしません!」
「え!?」
なんでそんなに驚いてるんだろう?
「……? アレクさんが我慢してくれてるのに、僕も我慢しなきゃダメかなって……」
「そ、それは……」
「僕、アレクさんの事……、好きになって良かった!」
ずっと心の隅に引っかかっていたモヤモヤが、嘘みたいにスッキリしてる! その言葉を聞いて、アレクさんは笑顔を向けてくれた。
そしてもう暫くの間、僕はアレクさんと一緒に引っ付いて過ごす事に。
そう。レティちゃんに僕とアレクさんが家の隣にいると教えられたトーマスさんが呼びに来るまでずっとね。
この後、アレクさんは結局、家で夕飯を食べて帰る事になりました。
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