第312話 王都でデート ~朝食~


 日が昇るのも遅くなった秋の早朝。

 まだ人気のない路を手を繋ぎながら歩いていると、不意にアレクさんが立ち止まる。


「ユイト、紅茶以外は大丈夫だったよな?」

「はい。辛いのも甘いのも大丈夫ですよ」


 どうやら僕の苦手なものの確認だったらしい。前に話していた事を覚えていてくれたのはちょっと嬉しいかも。


「今から行く店、ちょっと並ぶかも」

「あ、人気のお店なんですか?」

「中に包む具材が持ち込み自由でな? その場で焼いてくれるんだよ。だから生地の代金しか掛からなくて人気なんだ」

「へぇ~! 僕も何か持ってくればよかったかな……」


 中の具材は持ち込みオッケーなのか~! 昨日のお肉、持ってくればよかったかも。そんな事を考えていると、アレクさんが僕にコートを掛けてくれる。外で待つから冷えるんだって。


「大丈夫! 昨日ユイトがくれた肉、ちゃんと持って来てるから」

「わ! さすがですね!」

「だろ~?」


 そう言ってアレクさんはコートの内ポケットから魔法鞄マジックバッグを取り出しお肉の入った器を取り出した。人気が無いからって、不用心では……?

 そんな事を思っていると僕の顔に出ていたのか、アレクさんは苦笑い。

 さすがにタレに漬けたお肉を持ったまま迎えに来るのは恥ずかしかったらしい。まぁ、気持ちは分かるかも……。

 そんな事を考えつつ、僕もアレクさんのマジックバッグの中を覗き、お願いしてマヨネーズの入った小瓶を取り出してもらう。これはアレクさんにあげたやつなんだけど、ちょっと物足りない時につけれるし……。アレクさんも特に気にもしてないし、きっと大丈夫!


「あ、ユイト。そう言えばそのコート、耳付いてるんだよな?」

「……覚えてたんですか」

「当たり前だろ?」


 忘れてたらいいなぁって思ってたけど、僕の願いも空しくアレクさんは嬉しそうにコートに付いたフードをチラチラと眺めている。

 だからワザと着せたのかも……。


「恥ずかしいから、まだ被りません……!」

「ふ~ん? って事は、被る気ではあるんだよな?」

「む……」

「楽しみにしとくな!」


 ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべながらアレクさんが差し出した左手を握る。別に見てもなんてないと思うけど……。

 まぁ、気が向いたら被ってみようかな……。






*****


 閑静な住宅街を抜けて朝の市場へと向かうと、丁度一時課午前6時の鐘が響いてきた。前回同様、早朝にもかかわらずたくさんの人で賑わっている。

 今から仕事であろう商人さんや冒険者さん達。仕事を終えたばかりなのか、少し疲れた様子の人もたくさんいる。

 右を向いても左を向いても活気の溢れるこの通りは、多分何度来ても飽きないだろうな。


「ユイト、あそこ」

「わぁ~! いっぱい並んでる!」


 アレクさんの視線の先には、既に十人以上のお客さんが並んでいる屋台が。周りと比べると少し小さめの屋台だけど、並んでる人達は持参した具材を持って楽しそうに話している。先頭のお客さんが次々と商品を持って離れていくから、思ったほど待たずに済むかも!

 

「アレクさん、早く行きましょう!」


 アレクさんの手を引っ張って列の最後尾に並ぶ。チラリと見えた屋台では、鉄板で生地を薄~く焼き上げ、その隣でお客さんが持参した野菜やお肉を焼いて生地にクルクルと包んで手渡している。お店側でも野菜や他の具材を用意しているみたいだけど、ほとんどのお客さんが持ち込んでいるみたい。

 その見た目は馴染みのあるクレープやトルティーヤの様で、とっても美味しそう。

 お肉の焼けるいい匂いがこちらにまで漂って、僕のお腹が小さくきゅるると鳴った……。もう少し我慢な、と笑いながら頭を撫でられる。何となく子ども扱いされているみたいでくやしい。


「アレクさん、チョコレートとバナナも持ってきたらよかったですね?」


 お肉もいいけど、あの薄くて丸い生地を見ていたらチョコバナナクレープも食べたくなってしまった。生クリームたっぷりの甘いクレープを頬張ったら、どんなに幸せだろう……。

 う~ん……。ノアたちも好きだろうし、家で作ろうかな……?

 そんな事を考えながらこれが生クリームだったらと、手元のマヨネーズの入った小瓶をくるくると弄る。


「チョコとバナナ?」

「はい! あの生地で甘いの包んで食べたくなりません?」


 アレクさんチョコチップクッキーも好きだし、行商市でもバナナジュースを頼んでいたから甘党だと思ったんだけど。


「ここに来たら大体肉ばっかりだからなぁ~。リーダーとかステラもそうだし、あそこに並んでるのも肉とかだな。甘いのとか考えた事無かったけど、美味いの?」


 僕の方に少し肩を寄せ、覗き込む様に笑いかけるアレクさん。いつもの前髪を垂らしてるのも可愛いけど、髪を上げてるとカッコいいなぁ、なんて思っていると、後ろに並んでいたお兄さんが急に咽だした。大丈夫かな?


「美味しいですよ~! 生クリームにチョコとバナナは王道です! あの生地が甘めだったら、フレッサと生クリームも絶対合いますね! あ、ハムとチーズも美味しそうだなぁ~。照り焼きチキンとか、ツナサラダを入れたのも人気だった気がする……。あと小さくカットしたケーキとか!」

「へぇ~! 今度甘いのも頼んでみようかな?」

「アレクさんも気に入ると思います! あ、アイスも持ってくればよかったかな~」

「ユイトは食いもんの話してると楽しそうだな?」

「だって美味しいご飯って幸せじゃないですか~!」


 そんな会話をしている最中も、後ろのお兄さんは咳が止まらないみたい。一緒に並んでいたお兄さんが申し訳なさそうに僕たちにぺこぺこしてる。

 アレクさんは僕に気にするなって言うけど、大丈夫かな?

 僕がアレクさんに説明していると、前に並んでいた制服姿のお姉さん達もチラチラと僕を見ている。煩かったかもと慌てて謝ると、お姉さん達も同じ様に慌てだした。


「すみません、騒いじゃって……」

「あ、いえいえ! 何か聞いてたら美味しそうだなと思って!」

「ちょこ? っていうのは知らないけど、確かにバナナは美味しそうだな~って」

「ね! 話聞いて余計お腹空いちゃったもん!」


 お姉さん二人組はギルドの職員さんらしく、このお店には出勤前によく来るんだと言っていた。アレクさんの事も知っている様で、ぺこりとお互いに会釈している。後ろに並んでいたお客さん達とも顔見知りみたいで、僕とアレクさん越しにまた会釈。お兄さんの咳が漸く止まったみたいで一安心だ。


「お姉さん達は何を入れてもらうんですか?」


 見たところ、お二人とも手には食材を持っていない。屋台に並んである具材を選ぶんだろうな。


「え、私達ですか……? や、野菜多め、かな……?」

「う、うん! 野菜美味しいですからね! 体にもいいし……!」

「へぇ~! サッパリしてますもんね! 健康的でいいですね!」


 ソースとかもあるのかな? 僕も並んでる具材から選んでみようかな……?

 すると生地を焼いている店主さんの呼ぶ声が。どうやらお姉さんたちの番みたいだ。


「お待たせ! 二人ともいつものでいいかい?」

「「きゃあ~~~! 言っちゃダメ!」」


 お姉さんたちは慌てているけど、店主さんは突然の大声にきょとんとしている。アレクさんも後ろのお兄さん二人も声を殺して笑っていた。


「あ、あのね、違うの……!」

「たまたま! たまたまお腹がものすご~く空いててね……?」

「何だい? 二人ともいつも増し増しでって言うじゃないか」

「「もう~! 言っちゃダメ!」」


 どうやらお二人ともお肉が好きみたいだ。周りも分かってたみたいで、店主さんも皆笑ってる。初対面の僕に言うのが恥ずかしかったんだろうな……。


「あの……、ユイトさん?」

「何ですか?」


 急に名前を呼ばれ顔を上げると、お姉さんが申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせ、お願いのポーズをしている。僕の名前、知ってたんだ? あ、アレクさんの会話で聞こえたのかな?


「よかったら、私の食べるの選んでもらえません……?」

「え、僕がですか?」

「はい! さっきの話聞いてたら、選んでもらった方が美味しそうかも、なんて……」

「あ、いいな! 私もお願いします!」


 お二人は僕となぜかアレクさんにもお願いしている。肩を竦め、ユイトの好きにしていいよだって。


「ん~、好みじゃなくても怒らないでくださいね?」

「大丈夫です! 好き嫌いないので!」

「私も苦手な物ないです!」

「アハハ! じゃあ大丈夫ですね!」


 それじゃあ……、と僕が店主さんにお願いして選んでいく。

 豚の挽き肉とみじん切りのオニオンに唐辛子チィリを混ぜ合わせて炒めてもらい、少し厚めに焼いてもらった生地にレタスレティスをのせ、その上に挽き肉を盛り付けてもらう。更に表面を軽く焼いたトマトに細長くカットした胡瓜グルケ、お店のトマトソース。そしてチーズをたっぷりと挟んでくるくる巻いてもらえば、なんちゃってトルティーヤの完成だ。

 もう一つには薄いハムにふわふわにしてもらったスクランブルエッグ、そして焼いてもらったトマトに、トマトソースとたっぷりのチーズ。

 本当は甘いのにしたかったけど、果物は置いてなくて残念。


「はい、お待たせ!」

「「美味しそ~!」」 


 お姉さん達は満面の笑みでそれを受け取り、僕とアレクさんに何度もお礼を言って仕事先のギルドへと歩いて行った。いつも食べながら行くらしい。ソースが制服に付かないか心配だなぁ……。


「さ、次はアレクちゃんとそっちのお兄さんの番だね! ここには初めてだよね?」

「はい! 三日前に王都に着いたんです。今日はアレクさんのいつも行くお店にって、連れて来てもらいました」

「だよね~? アレクちゃんがいつもと雰囲気が違っておばさんビックリしちゃったよ!」


 こんなにカッコいいなんて! と店主さんは笑っている。アレクさんはどこか照れている様な……? しかもアレクちゃんと呼ばれているみたいで、よく来ているのが分かってちょっと嬉しい。


「「何コレ~!? 美味しい~~~っ!!」」


 何を頼もうかなと考えていると、さっきのお姉さん達の美味しい! と言う大きな声が少し先の方から響いてきた。

 周りの人達も声の方に振り返っている。


「さっきの気に入ったみたいだな?」

「よかった~! 嬉しいです!」


 どうやら気に入ってもらえた様で一安心。

 アレクさんも店主さんも聞こえた様で、皆で笑ってしまった。










「ねぇねぇ! さっきのアレクさんの顔見た……?」

「見た見た……! いつもとのギャップで私叫びそうだった……!」

「蕩けてたよね……!? 見間違いじゃないよね……!?」

「噂の“ユイトくん”があんなに可愛いなんて知らなかったぁ~! 私もあんな顔で見つめられた~い!」

「あ~、私も~! あんな恋人欲しい~!」

「ハァ~、ユイトくんに選んでもらった朝食……。食べよっか……?」

「だねぇ……」



「「何コレ~!? 美味しい~~~っ!!」」


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