第291話 プラジオライトの石言葉


「ユランくん、洗ったらそのままお風呂入っちゃってね!」

「うん! ありがとう」


 昼食後にドラゴンの体を丸洗いする事になり、ユランくんとハルト、そしてユウマに手を引かれ、アレクさんも仲良く庭へと向かう。トーマスさんもメフィストを抱え、日向ぼっこさせて来ると四人の後に付いて行ってしまった。


「じゃあ私も行ってくるから。リュカちゃん、頼りにしてるわね!」

《 うん! まかせて~! 》


 オリビアさんも残った泡で洗濯してくると言って、リュカと一緒に脱衣所へ。オリビアさんは浴室に移動させた泡を見て、すごいわねと笑っていた。リュカも名誉挽回とばかりにオリビアさんに張り切ってついて行く。


 ……そして、僕はというと……。


「二人とも、準備は出来ましたか?」

「はぁ~い! てもきれいです!」

《 だいじょうぶ~! 》


 レティちゃん、ニコラちゃんと一緒に、三人でお菓子作り。

 二人ともやる気十分だ。


「おにぃ……、ゆいとせんせい! これをつかうんですか?」


 レティちゃんは僕の事を先生と呼ぶ。

 別にいいよって言ってるのに、この方が気が引き締まるらしい。


《 ちーずと、ちょこ~? 》

「うん。今日はこのチーズとチョコレートでお菓子を作ろうと思ってね。まだたくさんあるから、時間があったら他のも考えようかなと思ってるんだけど」


 このチーズは、出発前にダニエルくんが持って来てくれたマスカルポーネとクリームチーズ。

 だけど今日使うのはクリームチーズの方だけ。


 メフィストの食べれるおやつも作りたいけど、まだ何を作ろうか迷ってる途中だ。


「レティちゃん」

「はい!」

「前に作った“チョコチップクッキー”の作り方、覚えてる?」

「おぼえてます!」

《 わたしも~! 》


 二人とも手をピンと上げ満面の笑み。


「今からそれを作ってもらうんだけど、この前の五倍以上の量を作るからね!」

「え?」

《 ごばい……? 》


 僕の言葉に、二人とも唖然としている。


「かなりの量になっちゃうけど、ライアンくん達にあげる分と、僕達の食べる分も入ってるからね!」

「なるほど……!」


 先ずは商会のネヴィルさんに、ライアンくんとフレッドさん。サイラスさんに、アーロさんとディーンさん。

 ライアンくんにあげるなら、渡せるか分からないけどバージルさんにも作りたいし、お兄さんが二人いるって言ってたからその分と、あとライアンくんのお母さんの分。イーサンさんとアーノルドさんにも渡したいな。

 あとトーマスさんも多めにって言ってたし、ハルトたちのおやつの分も。ドリューさんも気に入ってくれてたから作っていつでも渡せるようにしとこ。

 あ、そう言えばブレンダさんは食べに来ると思ってたのに来なかったな……。


《 じゃあわたし、うぇんでぃにあげる! 》

「あ、喜んでくれるかも!」

《 ほんと~? がんばる! 》


 改めて数えるとかなりの人数だけど!


「では、頑張りましょう~! えいえい?」

「「《 お~! 》」」







*****


 早速レティちゃんが材料を量り、ニコラちゃんは天板にシートをセット。

 僕はお湯を沸かして、二人の向かいでチョコレートを包丁で刻んでいく。 


「なんか楽しそうだな?」


 僕達がキッチンで真剣に作業していると、ユウマを抱えたアレクさんが戻ってきた。

 その後ろからはハルトも一緒。ユランくんは入浴中で、トーマスさんはメフィストと一緒にオリビアさんのところだって。


「えてぃちゃん、おかち~?」

「きょうの、おやつですか?」

「うん! いっぱいつくるからね!」

「やった~!」

「たのちみ!」


 ハルトとユウマはにこにこしながらアレクさんと一緒にソファーへと向かう。アレクさんが家に馴染んでて、少し擽ったい気持ちに……。


「せんせい、おわりました!」

「は~い。じゃあ、ニコラちゃんと一緒に次の作業お願いしてもいい? 分からなかったらいつでも呼んでね」

「は~い!」

《 がんばる! 》


 レティちゃんとニコラちゃんは、薄力粉を振るう作業に取り掛かる。

 僕は二人が進めている間に、刻んだチョコレートと生クリームをレンジで加熱してよく混ぜ合わせていく。

 そこに室温に戻しておいたバターを加え、滑らかになるまでまたひたすら混ぜていく。


「あ、ニコラちゃん頑張れ!」

《 だいじょう、ぶ~……! 》


 二人は次の作業をしていたんだけど、ニコラちゃんはぷるぷると揺れる卵黄を、レティちゃんがかき混ぜるボウルに何度も運んでいる。

 前の五倍だからね。小さなニコラちゃんにとったらかなりの重労働だ。

 そんな二人を横目で見ながら、僕は滑らかになったバターのボウルを横に置き、別に用意した二つのボウルの中に卵黄と卵白を分けていく。

 卵白を入れたボウルは、一旦冷蔵庫の中へ。

 卵黄のボウルには砂糖を加えて湯煎にかけ、人肌程度に温まったら湯煎から外し泡立てていく。そこにさっき準備したチョコレートと生クリーム、バターを混ぜたものを加え、色が均一になるまで混ぜ合わせていく。

 ちょっと腕が疲れてくるけど、美味しいものを作る為には必要なんだ……!


「あ、忘れてた!」


 魔石に触れ、オーブンを温めておく。

 これも大事な作業の一つだ。


 すると、小さな声でケホケホと咳き込む声が聞こえてきた。


「にこら~! ごめん……!」

《 あはは! まっしろ~! 》


 どうやら薄力粉を入れる時に少し粉が舞ったみたい。ニコラちゃんの顔に、薄っすらと粉が付いている。レティちゃんは優しく顔を拭いながら、何度も申し訳なさそうに謝っていた。



「せんせい、できました!」

《 とっぴんぐも! 》

「うん! 完璧! あとはオーブンで焼いてください!」

「は~い!」


 僕がオーブンを開け、天板を一枚ずつセットしていく。

 そしてレティちゃんに時間を二十五分に合わせてもらい、後は焼けるのを待つだけだ。


「二人ともお疲れ様! あっちでハルトたちと休憩する?」


 天板にびっしりと並べられたクッキー。それを三段分。もちろん、まだまだクッキーの生地は残っている。こうやって見ると、ケーキ屋さんって凄いなと思ってしまう。


「ん~ん。それ、おてつだいしたいです!」

《 わたしも! 》


 二人とも僕が作っているのが何か気になっているみたいだ。

 目がワクワクを隠しきれていない。


「ホント? じゃあ、お願いしようかな?」

「がんばります!」

《 まかせて! 》


 レティちゃんは馬車の中でもお菓子のレシピを眺めてたからなぁ~。よっぽど楽しいみたい。


「じゃあ、この薄力粉と“カカオパウダー”を一緒に振るいにかけてくれる?」

「“かかおぱうだー”って、このちゃいろいの?」

「うん。これもチョコレートと一緒で、あのカカオから取れるんだよ」

「すご~い……!」

《 いっぱいできるんだ……! 》


 驚きながらも、二人は手慣れた手つきで粉を振るい合わせている。

 レティちゃんにさっきのボウルの中身と粉をヘラで混ぜてもらっているうちに、僕はニコラちゃんに手伝ってもらいながら卵白を泡立てていく。

 少しもったりとしてきたら、砂糖を加えて混ぜるの繰り返し。

 時間が掛かるから、ニコラちゃんにボウルを冷やしてもらいながらの作業だ。


「あ! やっとが出てきた~!」

《 つの~? 》

「このピンと立ってるのがつのって言うんだよ。これでメレンゲの完成!」

《 なるほど~! 》


 ニコラちゃんはメレンゲのつのを見て深く頷いている。ちょっとレティちゃんに似てきたかもしれないなと内心ほっこり。


「レティちゃん、そのボウルにこのメレンゲを分けて入れていくからね」

「ここに?」

「そう。一度目はそのヘラで、全体に馴染む様に。二回目からは、底から掬い上げる様にさっくり混ぜていってください!」

「はい!」


 早速、メレンゲの三分の一の量をレティちゃんのボウルへと移していく。

 二回目を入れてからは、さっくり、さっくり、と呟きながら真剣な表情のレティちゃん。


 すると、オーブンからクッキーの焼けるいい匂いが……。

 作業の手を止めて、三人で早速確認。


「うわぁ~! おいしそう!」

《 やっぱり、いいにお~い! 》


 オーブンを開けると、クッキーの生地からはチョコがほんのりと溶け出し、キッチンの中は幸せな匂いで溢れている。思わずつまみ食いしたくなるけど、これは絶対熱いから危険だな……。


「さ、出しちゃうから離れててね?」

「は~い!」

《 きをつけて~! 》


 天板を一枚ずつ取り出し作業台の上へ。並べられたクッキーはどれも美味しそう。


「……あ、われちゃってる……」

《 ほんとだぁ…… 》


 二人が見ているのは、ひび割れたり形の崩れてしまったクッキー。

 どうやらショックを受けている様だけど……。


「この崩れたのは次のお菓子に使うから置いといてね?」

「これ? われちゃってるよ……?」

《 つかえるの~? 》

「うん! むしろ、割れたり崩れてる方が使いやすいかも……」


 僕の言葉に、二人は首を傾げている。

 クッキーを冷ましながら作業へ戻るけど、次はこの生地を型に流し入れて焼くだけ。


「後はこれも焼いて完成だよ」

「はや~い!」

《 これだけ~? 》

「うん。二人が手伝ってくれたからね!」


 シートを入れた型の中に、生地を慎重に流し込んでいく。

 これは大きな丸い型に二つ分だ。

 オーブンに入れ、今度はクッキーよりも長い四十分。

 これが焼けたら、もう一つのお菓子を作る予定。


「わ! いいにお~い!」

「ホントね~! チョコかしら?」

「お、クッキーはあるか?」


 後は焼けるのを待つだけだと思ったら、ユランくん達が戻ってきた。

 トーマスさんもキッチンの中をキョロキョロと見渡し、クッキーを見つけて満面の笑み。

 一気にリビングが賑やかになる。


「レティちゃん、終わった? おばあちゃんとお風呂に行きましょ」

「あ、これかたづけてく!」

「ん? いいよ。やっとくから先に入っておいで」

「でも……」


 レティちゃんは僕に気を遣っているみたいで、なかなか首を縦に振らない。


「オレも手伝うから先入って来いよ」


 すると、アレクさんがオリビアさんの後ろから顔を覗かせた。


「あら」

「あれくさんが?」


 オリビアさんもレティちゃんも、アレクさんを見て目をパチクリとさせている。

 アレクさんはそのままキッチンの中へ入ると、レティちゃんとニコラちゃんの耳元で何かをこそこそと耳打ちし、それを聞いた二人はふふ、と笑い出す。


「な?」

「わかった! ありがとう!」


 おばぁちゃん、いこ! とオリビアさんの手を握り、メフィストの傍にいるリリアーナちゃんを呼んでレティちゃんとニコラちゃんは楽しそうにキッチンを出ていった。

 

 キッチンに残ったのは、僕とアレクさん。そして使っていた調理器具だけ。


「……いいんですか?」

「あぁ!」


 僕が訊ねると、アレクさんは腕まくりをしながら楽しそうに微笑んだ。






*****


「トーマスさん、アレクさんって凄いですね……」

「ん? どうした、急に……」


 ハルト達が遊んでいるのを微笑ましく眺めていると、隣に座っていたユランが小さな声で話しかけてくる。

 どうやらキッチンに聞こえない様にしているらしい。


「……診療所で待ってる間、オリビアさん達と話してたんです」


 オリビアは話好きだからな。楽しそうに話している姿が目に浮かぶ。


「ギルドの前で、プロポーズしたって……!」

「ハッ……!?」


 思わず大きな声が出てしまった。ユランにもシィ~! と慌てて口を手で塞がれる。

 オレ達に慣れてきたのか、遠慮が無くなってきたな……。


「ボク、それを聞いて、なるほどなって思ったんです……! 仕事柄、石には詳しいので……」

「あ、あぁ……。そうだったな……」


 そう言えば石や宝石を売っていると言っていたな。


「……ユイトくんの首のネックレス。アレクさんと同じ瞳の色の“プラジオライト”が使われてます……!」

「プラジオライト……?」


 初めて聞く名前だな……。


「あ、グリーンアメジストの方が聞き馴染みがあるかもしれません……」

「あぁ! それなら分かる」

「その別名が“プラジオライト”……! かなり希少な石なんです……! 僕も目にするのは二度目で……! トーマスさん、その石言葉……、知ってますか……?」

「い、いや……」


 ユランは何やら興奮している様だ。

 アレクが渡した石は、そんなに希少な物だったのか……。



「“真実の、愛”……」



「し、しんじつの……、あい……!」


 思わず復唱してしまう……。

 ハルト達も、何事かとこちらを見上げている。


「そしてアレクさんのネックレス……! 傷付かない様に服の中に入れてるので、ボクもチラリとしか見えませんでしたが……。アレは間違いなく“ダイヤモンド”です……! その石言葉は……、“純愛”、そして、“永遠の絆”……」

「じゅ、じゅんあい……! えいえん……!」


 それに加え、恋人たちの愛の誓いを象徴する石らしい……。


 ふとキッチンを見ると、嬉しそうにはにかむユイトと、それを優しい眼差しで見つめるアレクの姿が目に入る。


 馬車の中でエレノアも言っていたが、アレクのあんなに穏やかな顔は、パーティを組んで今まで見た事がなかったらしい。



 ……やはり、二月後は覚悟しておいた方がいいかも知れない……。



 ……オリビアに、要相談だな……。






*****


「あら、アレクとそんな事話してたの?」

「うん! おにぃちゃんとね、ちょっとでもいっしょにいたいんだって!」

《 わたしもおねがいされちゃった~! 》

《 すてき~! 》


 四人でお風呂にのんびり浸かっていると、レティちゃんが楽しそうに教えてくれた。

 あの問題児だなんて噂されてたアレクがねぇ……、と何だか感慨深い。


 昼食の時もユウマちゃんを本当の弟の様に接してたし、何よりも、ユイトくんが隣に座った時のあの笑顔……。

 ユイトくんは気付いてなかったかもしれないけど、私の席からは丸見えだったもの……。

 あんなに愛おしそうに見つめてたら、そりゃあアレクに恋してた子たちは気に食わないわよね……。


 王都の門を潜って二人が抱き合った時、何人か凄い目で見てたものね……。

 アレクはユイトくんを隠す様にローブの中に包んでたし、もしかしたら気付いてたのかもしれないわ。私とトーマスが近付いたら隠れちゃったけど。


「ねぇ、おばぁちゃん!」

「なぁに? レティちゃん」

「あれくさん、けっこんするのかなぁ?」

「う~ん……、そうねぇ……。そうなるのも、近いかもね……」

「そしたらあれくさん、わたしのおにぃちゃんだ!」

「あら、ホントね!」

「でも~、おばぁちゃんのまご……? むすこ……? どっちになるの……?」

「ん~、ギルドの前ではトーマスにお義父さんって言ってたわね……」


 ふふ、あの時のトーマスの顔! 思い出しただけで笑っちゃうわ!


 ……だけど、そうしたら私は、お義母さんって事よね……?

 アレクが義理の息子……。ちょっといいんじゃない……?


 念の為に、もう一部屋増やした方がいいかしら……?

 トーマスに相談しなきゃ……!


 うふふ! 今から楽しみだわ~!






《 おりびあ、たのしそう! 》

《 にこにこしてる~! 》

「きっと、おにぃちゃんとあれくさんのことだね!」

《 《 そうだね~! 》 》


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