第245話 魔法の手


 お昼現在、“オリーブの樹”は営業の真っ最中。

 今日はお客様の入りも比較的落ち着いている。来店しているお客様の注文は全て出してしまったので、僕は閉店後に予定しているレティちゃんとのお菓子作りのための準備をしているところだ。


「その塊、初めて見るな」

「オレも。ユイトくん、それ何?」


 カウンター席に座る顔馴染みになりつつあるお客様たちも、僕の持つ白い塊と黒い板状のモノに興味津々。皆でカウンター越しに覗き込んでいる。


「これですか? お菓子の材料なんですけど……」

「って事は甘いの?」

「お菓子? いいなぁ~!」

「ふふ……。皆、一口食べてみる?」

「いいんですか?」

「やった!」


 僕が気付いた時には既に遅く、オリビアさんはそう言いながら黒い板状のモノをパキリと一口サイズに折り、お客様一人ずつに笑顔で配っていた。

 皆さん一斉にパクリと頬張り……、


「「「にっがぁ~……!」」」


 食べた人たちは昨夜のオリビアさん同様、顔がもの凄い事に……。


「こんなににがいなんて、きいてない……」

「ユイトくん……、みずくれ……」

「オレも……」

「もう~、オリビアさん……!」

「だって、皆にもこの衝撃を知ってほしかったんだもの~!」

「「「ヒドイ……!」」」


 オリビアさん、なんて悪い人なんだ……。

 ごめんね? とウインクし、お詫びにとフルーツサンド用のペルシクをサービスしている。これで果たして許してもらえるのか? と思ったけど、皆さん嬉しそうにペルシクを頬張っているから何の問題も無かった。


「ユイトくん、こんなに苦いのにどうやって使うんだ?」


 ペルシクで口直ししているお客様が、繁々と作業している僕の手元を見つめる。


「これですか? 湯煎して溶かすか、他の材料と混ぜようと思うんですけど、このままだと使いにくいんで使いやすい様に細かく刻んでおこうかなって。僕も初めて見るので上手く作れるか不安なんですよね~」


 何せ、僕はお店で売っている様な完成した物しか見た事はない。お店でも苦いのは売っていたけど、僕が買うのは甘いのばっかりだったからなぁ。


「ユイトくんも初めて見るんだ?」

「そうなんです。だから今日は閉店後に、レティちゃんと一緒にお菓子作りに挑戦です!」


 楽しみにしてくれていたから、僕も嬉しくてつい張り切ってしまう。レティちゃんも作れる比較的簡単なお菓子。あのヴァル爺さんのお店で買った型抜きも使う予定だ。


「レティちゃんか。ほんとユイトくんたちは仲が良いね~」

「はい! 皆、可愛いです!」


 そんな事を話しながら、僕は白と黒の塊を細かく刻んでいく。

 白い塊は包丁で細かく削り、黒い板状の方は細かく刻んだものと食感が残る様に粗く刻んだものを準備。バターも忘れない様に常温に戻しておく。今から出しておけば、閉店後には丁度いい柔らかさになる筈だ。

 この黒いのはそのままだと苦くて僕は食べれないけど、どうやら健康には良いらしい。

 お礼にと渡した人はいつもどんな風に食べてるんだろう……? もし会えたら訊いてみたいなぁ。

 もしかしたら、そのままでも美味しく食べられる方法を知っているかもしれないし!


「あ! 皆、もう一口どう?」

「「「遠慮します!」」」


 ……どうやら、そのまま食べるのは難しいかも……。






*****


「「ただいまぁ~!」」

「あ! 皆、おかえり!」


 最後のお客様をお見送りした後、トーマスさんたちがマイヤーさんの荷馬車に乗って帰って来た。荷台からはユウマを抱えたトーマスさん、メフィストを抱えたレティちゃん、そしてハルトが降りてくる。

 

「マイヤーさん、送ってくれてありがとうございます!」

「いやいや、こちらこそ楽しませてもらったからね!」


 そう言うと、いつもの眩しい笑顔を向けるマイヤーさん。もう涼しいからか、トレードマークの麦わら帽子がテンガロンハットに変わっていた。それも似合いますね、と褒めるとマイヤーさんは照れ笑い。これは珍しいかも。


「あらあら、ユウマちゃんったら寝ちゃったの?」


 お店から出てきたオリビアさんは、皆におかえりと言うとレティちゃんとハルト、寝ているメフィストの頬を撫で、トーマスさんの所へ。


「そうなんだ。牧場でサンプソンたちと遊びまわっていたからなぁ。はしゃぎ疲れたんだろう、途中からぐっすり寝入ってしまってな」


 トーマスさんの腕の中では、ユウマがぐっすり。こんなに傍で話をしていても起きる気配もなく、スヤスヤ気持ち良さそうに眠っている。メフィストもレティちゃんに抱えられ、ぐっすりと夢の中だ。


「ゆぅくん、とってもたのしそうだったの!」

「いっぱい、はしってました!」

「そうなの? よっぽど楽しかったのね~! マイヤーくん、わざわざありがとう!」

「いえ! じぃちゃんたちも皆が来て喜んでましたから! また来てください!」


 じゃっ! と笑顔で手を振り、来た道を帰っていくマイヤーさん。去り際、トーマスさんにまたお願いしますね! とガシリと握手を交わし、心なしかいつもよりウキウキしていた様な……。

 

「ユイト、オリビア……。すまないが、後で話があるから……」


 マイヤーさんの荷馬車を皆で見送っていると、トーマスさんが疲れた表情で僕の肩を掴んだ。その様子にオリビアさんも首を傾げている。


「話? 分かりました」

「分かったわ。レティちゃん、メフィストちゃんを寝かせてくるわね。ハルトちゃんと一緒に手を洗って着替えてらっしゃい」

「うん!」


 レティちゃんは抱えていたメフィストをオリビアさんにそっと手渡し、隣にいたハルトの手を握る。お店の中に入ったからか、牧場について行った妖精さんたちも皆、楽しそうにお喋りしながら姿を現した。


「あ、レティちゃん、すぐお菓子作る? ちょっと休憩する?」

「おかし……! すぐ、つくりたい!」

《 わたしも~! 》

「分かった! じゃあ準備しとくからね」

「うん!」

《 やったぁ~! 》

「て、あらってくる! はるくん、いこ!」

「うん!」


 トーマスさんとオリビアさんは、ユウマとメフィストを寝かせに寝室へ。レティちゃんはハルトと手を繋いで仲良く洗面所へと向かった。どうやらお菓子を作るのを楽しみにしてくれているみたいだ。


「さて。上手く出来るといいんだけどなぁ~」


 キッチン内へ戻り、早速お菓子作りの準備。明後日は定休日だから、仕込みもいつもより少なめだ。

 営業中に刻んでボウルに入れておいた白と黒の塊。それに牛乳と、薄力粉に砂糖。卵とバター、塩も出して……。あ、お湯も沸かしておかなきゃ。


《 ゆいと~。おかし? あまくなる? 》


 ノアは作業台の上に置かれた材料を見て首を傾げている。お客様が苦いとしかめっ面になる様子を、どこからか姿を消して見ていたのだろう。


「う~ん。白い方は甘くなると思うけど、黒いのはちょっとほろ苦くなるかも。大人のお菓子、って感じかな?」


 元がかなり苦いから、ちゃんと甘くなるかも作ってみないと分からないしなぁ……。でもまぁ、そのままよりは断然、美味しくなると思うんだけどね。


《 おとな……! それ、ぼくもたべる! 》

「ふふ、大人のお菓子? じゃあノアも美味しく食べれるように頑張るね」

《 うん! たのしみ~! 》


 僕がノアと喋りながら準備をしていると、オリビアさんと一緒にレティちゃんがエプロンを着けてやって来た。肩には仲良しの妖精さんもにこにこしながら座っている。

 ハルトはユウマたちと一緒にお昼寝するらしく、トーマスさんがついているそう。仲良しの妖精さんたちも、それぞれについているみたい。


「おにぃちゃん、きょうはなにつくるの?」

《 あ! ちいさくなってる~! 》


 レティちゃんたちは興味津々で作業台を覗き込む。そこには僕が予め刻んでおいたトーマスさんのお土産が。


「今日はねぇ、レティちゃんも作った事のあるお菓子だよ」

「わたしも……? ん~……、あ! くっきー?」

「正解! 今日はクッキーにこの黒い方を使うからね。あとこの白い方でクッキーとは違うお菓子も作るよ。僕が隣でワイアットさん達用に同じ物を作るから、分からなくなったら見ながら作ってみて? 美味しくなるように頑張ろうね!」

「うん……! がんばる……!」

 

 手を洗い、早速レティちゃんたちと一緒にお菓子作りを開始。


「この黒いのはね、チョコレートって言うんだよ」

「ちょこれーと……?」

「うん。これは苦いけど、探したら甘いチョコレートもあるかもね」

《 わたしはあまいのがいいな~! 》

「わたしも!」

《 ぼくも~! 》

「僕も甘いのが好きだな~」


 皆でお喋りしながら材料を量っていく。お菓子作りはきっちり分量を量る事が大事。そして妖精さんも一緒に作れるように、以前にノアが手伝ってくれた様に薄力粉を振るいにかけてもらう。

 そう言えば、ノアは粉が舞ったせいで顔中真っ白になってたなぁ~。


「おもくない……? だいじょうぶ……?」

《 うん! だいじょうぶ! 》


 妖精さんは少しふらつきながらも、レティちゃんと一緒に薄力粉を少しずつ振るいにかけている。さらさらと落ちていく真っ白な粉はいつ見てもキレイだ。


 「うん、二人ともキレイに出来たね! この薄力粉は一旦置いといて、次はこの常温に戻しておいたバターをボウルに入れて、砂糖と塩を加えて混ぜていく作業だよ」

「がんばる……!」

《 わたしも……! 》


 レティちゃんは真剣な表情でバターが柔らかくなるように混ぜ、そこに妖精さんが砂糖と塩を加えていく。二人とも目が真剣そのものだ。ノアも僕の肩に乗りながら、がんばれ~! と声援を送っている。

 バターがふわりと白くなってきたら、そこに妖精さんが卵黄を入れる。プルプル揺れる卵黄が面白かったのか、二人とも楽しそうに笑っていた。そんな二人を見て、僕も明日の仕込みを進めるオリビアさんもほっこりした気分に。

 卵黄を入れてさらに混ぜ、薄力粉と粗く刻んだチョコを投入。これは全部入れずに、トッピング用に少しだけ残しておく。


「おにぃ……、ゆいとせんせい! これくらい……?」

《 せんせい! できた? 》


 僕も隣で同じ物を作りながら二人を見守っていると、急にユイト先生呼びに……。ちょっとくすぐったい気持ちになるな……。ほら、オリビアさんも作業しながら笑ってる。ノアもゆいとせんせぇ~、と言いながらご機嫌だ。


「うん! ちゃんと混ざってるから、後は形を整えてオーブンで焼くだけだね!」

「ほんとう……?」

「レティちゃん、前にオリビアさんと作ったみたいに、この生地を天板に並べて、上にこの残りのチョコレートを少しだけ飾ってくれる? あんまり乗せると苦いのが多くなっちゃうから気を付けてね」

「はい……!」


 レティちゃんは真剣な表情で生地をめん棒で伸ばし、型抜きで形を整え天板に並べていく。妖精さんは刻んだチョコを抱え、ふわふわと飛びながら上からトッピングしている。緊張するのか、一粒飾る毎にふぅ、と息を吐いている。僕が多くすると苦くなると言ったせいかも……。とっても可愛い……。


「できました……!」

《 ちょこれーと、これでいい? 》

「うん! とっても美味しそうに飾ってくれてるね! では早速、オーブンで焼きましょう!」

「はい……!」

《 はぁ~い! 》


 レティちゃんは天板を抱え、緊張した面持ちでオーブンへと向かう。予め温めておいたオーブンを開け、火傷しない様に気を付けながらセットし、魔石に触れて再び過熱。


「さ、焼いている間に次の作業に移りましょう!」

「はい……!」

《 はぁ~い! 》


 次は、ボウルに入れたこの白い塊を細かく刻んだものを使う。お湯を張った大きめのボウルの上からこのボウルを重ねる。


「この白いのはカカオバターと言います。さっきのチョコレートとカカオバターも、どっちもあのカカオの実から出来るんだよ」


 僕はトーマスさんがお土産で持って帰ったカカオの実を指差すと、レティちゃんも妖精さんも不思議そうに首を傾げる。黒いのと白いの、色が違うからかも知れない。


「今からこのカカオバターを溶かすんだけど、下のお湯が熱いから気を付けてね。上のボウルにもお湯が入らない様に気を付けて混ぜてください」

「はい……!」

「溶けたら上から砂糖を入れてね。混ざったらその後に牛乳を入れて、もう一度混ぜ合わせてください」

《 はぁ~い! 》

「がんばる……!」


 レティちゃんはヘラで慎重に混ぜながら白いカカオバターを溶かしていく。妖精さんも砂糖の入った容器を抱え、真剣に観察している。


「あっ! とけてきた……!」

《 すご~い! 》


 最初は白いままだけど、だんだんと溶けたバターの様に透き通ってくる。そこに砂糖を加えさらに混ぜ、牛乳も加えて更に混ぜ合わせていく。


「ここで一旦お湯から外して、冷ましながら混ぜてください」

「はい……!」


 布巾の上にボウルを置きヘラで混ぜていくと、温度が下がりトロリとしてくる。


「ちょっとかわってきた……!」

《 ほんとだ! つやつや! 》


 二人とも興奮しながらも、おいしくなりますように、と真剣に混ぜている。ここでオーブンからクッキーの焼けるいい匂いが。皆、この香ばしい匂いにソワソワしている。そろそろかな?


「レティちゃん、クッキー焼けたみたいだから確認しよう」

「うん!」

《 じょうずにできたかなぁ~? 》

「できてると、いいな……」


 不安そうにオーブンに近付く二人の心配も余所に、オーブンを開けるとふわりと美味しそうな匂いが鼻を擽る。


「うわぁ~……!」

《 おいしそう~! 》

《 いいにおい~! 》


 感動する二人と、鼻をくんくんと鳴らすノア。上手に焼けていて、僕は内心ホッと胸を撫で下ろす。後は粗熱を取って冷ますだけ。これはおやつが楽しみだな。

 そして途中だったカカオバターの入ったボウルを手に取り、僕たちは作業に戻る。

 

「さ、クッキーを冷ましてる間に、ここでもう一度お湯で温めながら混ぜるよ~」

「もういっかい……?」

《 あっためるの~? 》

「そう。少し温めて型に流しやすくするのと、ツヤが出るんだよ」


 二人はなるほど~、と頷き最後の仕上げへ。混ぜ終わったらシートを引いたパッドに流し、トントンと空気を抜いて固まるのを待つだけだ。

 シリコン製の型は持っていないから、今回はパッドの上に敷いたオーブン用シートに直に流す。今度ヴァル爺さんのお店で探してみよう。

 そして固まるのを待っている間にお片付け。レティちゃんは手際良く洗い物をしている。僕の分も洗ってくれるので、それに甘えて僕は明日の仕込みを始めた。


「わたし、おかしつくるの、とってもたのしい……」

「ホント? じゃあ次も色々作ろうね」

「うん!」


 片付け終わったレティちゃんにホットミルクを出し、ハルトたちがお昼寝から起きてくるまで少し休憩してもらう。

 僕がキッチンで明日用のパスタ生地を仕込んでいると、レティちゃんはカウンター席から僕の手元をジッと見つめている。


「どうしたの?」

「ん~とね。おにぃちゃんのて、まほうのてみたいだなって……」

「まほうのて?」

「うん!」


 僕は自分の両手を見る。今は粉まみれだけど、特に変わったところはないけどなぁ……。


「ふふ! ユイトくんの手は、いっつも美味しいお料理を作ってくれるものね?」

「うん!」


 オリビアさんの言葉にレティちゃんは満足そうに頷き、ホットミルクをコクコクと飲んでいる。


《 ゆいとのて、まほうつかえるの! 》

《 おかし、おいしいもんね! 》

《 ぼく、ゆいとのおかしだいすき! 》

《 わたしも~! 》


 魔法の手……、かぁ~。

 ちょっと照れるけど、そう言われると嬉しいかも。


「じゃあ~。もっと皆が夢中になる料理とお菓子、作らないとね?」


 僕がそう言うと、オリビアさんもレティちゃんも目をパチクリさせた。


「これ以上夢中にさせるの……?」

「たいへん……」

《 ぼく、たのしみ! 》

《 わたしも~! 》


 皆の反応に笑いつつ、僕はもっと美味しい料理をこの大事な家族に食べさせてあげたいなと思った。

 






◇◆◇◆◇

明けましておめでとうございます。遅くなりましたが、お休みでやっと更新出来ました。本年も、作品共々よろしくお願い致します。

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